勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(162)

「月光仮面」出番です スイスイと 88球の完封劇

完封でリーグ優勝を決めた足立に駆け寄る勇者たち=宮城球場
完封でリーグ優勝を決めた足立に駆け寄る勇者たち=宮城球場

■勇者の物語(161)

第3戦を1-3で落とし「王手」をかけられた阪急は第4戦、加藤秀の決勝ホームランなどで4-2で快勝。2勝2敗で10月15日の〝最終決戦〟を迎えた。

マウンドに上がったのは「月光仮面」足立光宏である。

「オレは気が重い。去年(昭和51年)の日本シリーズではヤマ(山田)やタカシ(山口)が打たれた後で気楽やったが、今度はヤマがええ投球(第4戦、7安打2失点完投)したあとやし、ぶざまなことはできん。ウチは〝ヤマで始まってヤマで終わる〟のが理想なんや」

足立の言葉には深い意味があった。

剛速球が自慢の山口が入団し、焦りを感じた山田が「シンカーの投げ方を教えてください」と足立に頭を下げ、「まだ覚えんでええ」と突き放された-という逸話は有名である。昭和50年夏のことだ。「ヤマにはまだまだ、ええ速球がある。変化球に逃げたらアカン」というのが理由だった。

その年、阪急は日本シリーズで広島を破り、初めての「日本一」に輝いた。すると、その年のオフ、足立はそっと山田にシンカーの握り方を教えた。足立35歳、山田27歳。山田を〝後継者〟と認めた瞬間だった。

14日が雨天中止となり中4日の休養。これが功を奏した。

「きょう投げとったら4回か5回やけど、あしたやったら7回、いや完投できるかも」。足立は50球を軽く投げ、大好きな麻雀で気分転換。実は登板前の麻雀で足立は右手を使わず、左手で打つ。こだわりのローテーションなのだ。

◇最終戦 10月15日 宮城球場

阪 急 000 101 104=7

ロッテ 000 000 000=0

【勝】足立1勝1敗 【敗】三井1勝1敗

「前半を2失点でいけば上出来。それで負けたらオレの責任やないで」

颯爽(さっそう)とマウンドへ上がっていった月光仮面は2失点どころか、1点もやらない。スイスイと4安打3奪三振1四球。なんと投球数88球の完封劇だ。

マウンドでナインたちが躍り上がってヒーローに飛びついた。

「阪急はすばらしいチームや。たとえ、ロッテが選手権に出られても、いまの戦力では…。阪急が出て当然やと思う」。カネやんが潔く帽子を脱いだ。(敬称略)

■勇者の物語(163)