鑑賞眼

ミュージカル「イリュージョニスト」 現実に起きた幻影

アイゼンハイムを演じる海宝直人(岡千里撮影)
アイゼンハイムを演じる海宝直人(岡千里撮影)

 よくぞ幕を開けてくれた。3日間全5公演のイリュージョン(幻影)を体感した人は皆、同じ思いを抱いただろう。

 世界初演となる新作ミュージカル「イリュージョニスト」が1月27日、ついに開幕した。主演予定だった三浦春馬さんの急逝、新型コロナウイルスによる稽古中断と演出プラン変更で、上演期間も当初と変わった。どれほどの困難とプレッシャーをはねのけたのか。前日の公開舞台稽古で「たくさんの山を乗り越えてここまでたどり着いた」と語っていた海宝直人が、初日のカーテンコールで見せた感極まった姿に思わず涙した。

 世界を回すのは「真実」じゃない。そんな問いかけから始まる作品は、19世紀末のウィーンを舞台にしながら、現代に通じる普遍性もまとう。「コンサートバージョン」となったものの、歌とせりふはほぼ元のまま。舞台奥にオーケストラが座り、場面転換やセットを減らした。演者は限られたスペースを動いて物語をつむぐ。

 それでもコンサートでなくひとつの物語として楽しめるのは、ひとえにマイケル・ブルースの音楽によるところが大きい。退廃的な香りをまとった不協和音や予測のつかない半音階を用いながら、流れるような美しい旋律は物語を先へ先へといざなう。物語の「骨」となる音楽を自在に操るのが、興行主ジーガ(濱田めぐみ)と、イリュージョニストのアイゼンハイム(海宝)。2人の卓越した歌唱は「奇術」そのものだ。

 だが、歌に気を取られていると思わぬトリックに足をすくわれる。最後の大どんでん返しに、「果たしてどこから奇術が始まっていたのか」と振り返ると、冒頭から仕掛けが始まっていたことに気づくのだ。

 われわれの目線そのものであるウール警部(栗原英雄)が示した世界や秩序への疑問、そこからジーガが一気に興行の世界へ引っ張り、アイゼンハイムが「完璧なトリック」を歌うときにはもう幻影は完成している。冷酷非道な皇太子(成河)も、その皇太子に疑念を抱く婚約者のソフィ(愛希れいか)も、アイゼンハイムの奇術のアシスタントなのだ。

 時間をかけて作り上げてきたカンパニーでなければ成立しない完璧なイリュージョン。舞台を動き回るアンサンブルからも伝わる緊張感と熱量。埋められない穴を埋めようとするのでなく、ただこの作品を届けるために奮闘したカンパニーの努力が、幻影ではなく現実の舞台として返ってきた。

 1月27日、東京・日比谷の日生劇場。(道丸摩耶)

 公演評「鑑賞眼」は毎週木曜日正午にアップします。