記紀神話も彩った幻の味、吉野・桜鮎 復活にかける期待

記紀神話も彩った幻の味、吉野・桜鮎 復活にかける期待
記紀神話も彩った幻の味、吉野・桜鮎 復活にかける期待
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 清流の女王と呼ばれるアユの中でも、吉野川(奈良県)のアユは、古事記や日本書紀の伝承にも登場し、万葉集にも歌われた特別な存在だ。味も姿も良く、吉野名物の桜にかけて桜鮎と称されてきた。ところが戦後、水質悪化やダム建設などで天然アユは激減。桜鮎は幻の味となりつつあるが、地元関係者らは吉野の歴史とともにある桜鮎の復活に期待をかけている。  

(川西健士郎)

行く末占う魚

 奈良県東吉野村の丹生(にう)川上神社には、大正天皇の即位儀礼で立てられたとされる萬歳旛(ばんざいばん)が残る。そこには酒壺とアユ5匹がデザインされている。

 「アユは建国の成功を予示した縁起のいい魚なんです」と日下康寛宮司は話す。

 日本書紀によると、神武天皇は吉野川上流の丹生の川上に神聖な酒壺「厳瓮(いつへ)」を沈めて酔わせ、魚が浮き上がるかどうかで国が平定できるか占ったとされる。奈良県東吉野村の夢淵がその伝承地。その目の前に建つのが丹生川上神社だ。日下宮司は「日本書紀に書かれたのは、山椒(さんしょう)で魚をまひさせる漁法であったかもしれない」と続けた。

 また、神武天皇は吉野川中流の阿太(あだ)(同県五條市)で、産卵のため川を下るアユを木や竹で組んだ仕掛けで捕らえる、やな漁の漁師と出会う。記紀は、漁師は鵜飼の祖であったと記し、古くからアユ漁が盛んであったことを伝える。

生育に抜群の環境だったが・・・

 古代からさまざまな漁法で取られてきたことが推測される吉野川のアユ。

 さらに奈良時代の万葉歌人、大伴旅人(たびと)は吉野離宮(吉野町の宮滝遺跡)を流れる吉野川をたたえるのに「年魚(あゆ)走る」と表現。時代は下って江戸時代の奈良奉行、川路聖謨(かわじとしあきら)は「吉野川の鮎ことによき味なり、江戸の玉川の類にあらず」と日記に書き残した。

 味や香りも絶品とされた吉野川のアユは、吉野名物の桜にかけて桜鮎と称賛されるようになった。

 「アユがたまる深い淵が随所にあり、エサの藻も豊富で大きく育つ」と、吉野漁協組合長(同県吉野町)の植仲良幸さん(82)は、吉野川がアユにとって優れた生育環境だったことを強調する。

 しかし戦後、流域の開発や上流のダム建設で水質が悪化。下流には治水や農業用水のための堰(せき)ができて遡上(そじょう)が困難となり、この半世紀は、放流された養殖アユが主役の川となってしまった。

800年の歴史誇る

 「放流のアユも吉野川の珪藻を食べて2カ月過ごせば天然の味に近くなる」

 同県下市町のアユ料理の老舗「つるべすし弥助」の49代当主、宅田弥助さん(66)はそう話す。

 ただ、内臓のわたを塩づけにするウルカ(アユの塩辛)のほろ苦い味わいやアユ本来の香りは、やはり天然ものにはかなわない。納得できるアユを求める宅田さんは、吉野川だけでは足りず、和歌山県の熊野川や古座川などの天然アユを釣り人から仕入れている。

 同店は、江戸中期の延享4(1747年)に人形浄瑠璃で初演され、歌舞伎の演目にもなった「義経千本桜」の鮓屋の段に登場する釣瓶(つるべ)鮓屋のモデルで、伝承では800年の歴史を有する。

 屋号は、アユを飯で発酵させたナレズシを漬けたおけが、井戸の水をくみ上げる釣瓶に似ていることが由来。400年余り前の慶長年間から長らく、上皇の御所にナレズシを献上していたという。宅田さんは「吉野川の桜鮎を、かつてのように胸を張って提供するのが夢」と語り、天然アユの復活に期待をかける。

復活の兆しも

 9~12月に和歌山・紀の川の下流域で産卵し、海に下った稚魚が3~6月に遡上(そじょう)する吉野川の天然アユ。平成15年から運用されている可動堰(ぜき)、紀の川大堰(和歌山市)の両岸に設置された魚道で、復活の兆しがみえる。

 魚道で推計遡上数を数えると、15~20年は22万~102万匹で推移したが、21年に274万匹に一気に増え、最近5年の平均は1千万匹を超えている。要因は紀の川大堰の完成に伴う、新六箇井堰の撤去だ。固定堰のため魚道の水量調整ができず、水の勢いが強過ぎたり、干潮時に干上がるなどし、遡上を阻害していたという。

 国土交通省和歌山河川国道事務所流水調整課の尾楠雅樹課長は「可動堰になって水量が安定し、流れが異なる3種類の魚道もうまく機能している」と話す。

 こうして大堰で遡上が増えたことを受け、紀ノ川漁協(和歌山県紀の川市)は今春、新たな事業に乗り出す。大堰の上流にある農業用の堰(頭首工=とうしゅこう)を乗り越えられるように、下流側のアユをトラックで上流側に運搬する予定だ。

 一方、上流域にも課題はある。五條市漁協事務局長の及川茂さん(84)は「エサの藻が付着する石が大滝ダム(奈良県川上村)にせき止められ、遡上数が増えても大きく育ちにくい」と指摘する。

 このため、大滝ダムでは2年前から、ダムで止まった石を下流側に運搬する事業を開始。天然アユ復活の条件は整いつつある。