鑑賞眼

ミュージカル「パレード」 地獄への道は善意で舗装されている

中央右から、レオ・フランク(石丸幹二)とルシール・フランク(堀内敬子)(田中亜紀撮影)
中央右から、レオ・フランク(石丸幹二)とルシール・フランク(堀内敬子)(田中亜紀撮影)

 まさに「地獄への道は善意で舗装されている」ような話である。

 1913年のアメリカ南部ジョージア州。南軍戦没者追悼記念パレードの日、13歳の白人少女(熊谷彩春)が殺され、彼女が働いていた工場の所長、レオ・フランク(石丸幹二)が逮捕される。レオは北部出身のユダヤ人エリート。検事ドーシー(石川禅)は、市民の差別感情を利用して、彼を犯人に仕立て上げていく。

 森新太郎演出。実際の冤罪(えんざい)事件を題材にして作られたミュージカルだ。凄惨な結末にも関わらず、人間離れした邪悪は存在しない。

 南部の人々から見れば、レオは南北戦争の仇敵(きゅうてき)で、勝者として搾取する側の異邦人だ。決め打ちで捜査する検事、扇動記事を書く記者、偽の証言をする人々には、保身や栄達のためだったり、正義感だったり、それぞれの理由がある。たきつけられて義侠心(ぎきょうしん)と被害感情から暴徒化する群衆の行動も、理解できるからこそ生々しくて恐ろしい。

 舞台上ではどの場面にも不吉が満ちていた。例えば後方にそびえ立つ不穏な枝ぶりの大きな木は不安な先行きを暗示する。法廷の証言台は、絞首台のような影を後方に投げかけていた。早鐘を打つ心臓のリズムで響く音楽も、不吉な予感を掻き立てる。

 全てが最悪の方向に進むなか、妻のルシール(堀内敬子)と紡いだ愛が一筋の光となった。齟齬(そご)を乗り越え、2人が歌う「まだ終わりじゃない」には、希望が込められている。

 作品が投げかける重さは、ある観客の「素晴らしかったけど、拍手をしていいものか迷った」という、終幕後の一言に集約されている。

 善意の人々が地獄への道を舗装したのを目の当たりにして、わが身を、現代社会を考えずにはいられない。自分の痛みから逃れるために、他人を踏みつけても構わないという気持ちは誰にでも潜んでいる。

 31日まで。東京都豊島区の東京芸術劇場プレイハウス。問い合わせはホリプロチケットセンター、03・3490・4949。(三宅令)

 公演評「鑑賞眼」は毎週木曜日正午にアップします。