新章 働き方改革

進まぬDX、中小企業の経営者が知っておくべき「認識の壁」 経営コンサルタント・日沖健

データやデジタル技術によって事業や組織を変える「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が企業にとって喫緊の課題になっている。

一昨年までDXは、先進的なIT企業が取り組む新しいビジネストレンドにすぎなかった。だが昨年、河野太郎行政改革担当相が行政手続き時の印鑑使用を原則廃止したことや、デジタル庁の設置が決まるなどの動きが相次いだことによって、この認識が大きく変わった。先進的なIT企業だけでなく企業全体、企業だけでなく行政も含めて、社会全体がDX化の取り組みを加速させようとしている。

こうした中で、苦悩を深めているのが中小企業だ。IT化で遅れをとった多くの中小企業は、DX化に取り組むことができていない。

そこへ新型コロナウイルス禍が直撃して「DXどころじゃない」という状態である。本来、DXは事業・組織をより良くするチャンスのはずなのに、コロナ禍を機に着々と対応を進める大手企業や海外企業に水をあけられ、逆に経営を揺るがすピンチになってしまっている。

日本でなかなかDXが進まない理由として、既存システムの老朽化が指摘されている。多くの日本企業はITブームの2000年頃に基幹システムを更新しており、それから20年がたつ。経済産業省によると86%の企業が老朽化したシステムを抱えているという。

社内にIT人材が不足し、ITベンダーにシステム構築を丸投げしてきたことから、社内にノウハウが蓄積されていないケースもある。そのため、老朽化し、ブラックボックスのようになったシステムに誰も手を出せないという状況になっている。老朽化したシステムの存在がDXの足かせになっていると認識している企業は約70%にのぼる。

これらは大企業にも共通する問題だが、中小企業に特有の問題もある。それは、経営者の「認識の壁」である。IT部門はおろか担当者すらいない中小企業では、経営者が音頭をとってDX化を推進するしかない。ところが、多くの中小企業経営者には以下のような4つの「認識の壁」があり、自らDX化を阻んでいる。

(1)DXはITベンダーの新サービス、押し売りは御免

多くの中小企業経営者は、ITベンダーから「不当に高価なITシステムを押し付けられた」という被害者意識を持っている。そのため、横文字の新しいIT用語を見聞きすると、条件反射的に「また手を替え品を替え、売り込んでくるんだな」と身構える。

たしかに、DXはITベンダーにとって貴重な新収益源なのだが、そういう事情は抜きにして、自社にとってDX化が必要か不要かを冷静に考えたいものだ。

(2)DX化しなくても十分に事業を継続できる

現在、事業が順調な企業の経営者は、よく「DX化は必要ない」と言う。しかし、現在うまくいっているからといって、将来も大丈夫と断言するのは、かなり短絡的だ。顧客が、ライバルが、社会全体が変わろうとするとき、自社だけ対応しないで済むだろうか。現状だけを見て「必要ない」と結論付けるのではなく、長期的な視点からDX化が自社の事業・組織にどういう影響を及ぼすか見極めてもらいたい。

(3)今のITシステムが動いているから必要ない

DXを進める際、新しいデジタル技術を取り入れる必要があるので、ITシステムを更新することが多い。そのため、中小企業経営者は「DX化=ITシステムの更新」という認識のもと、ITシステムが正常に動いている場合に「DXは必要ない」という判断をしがちだ。しかし、DXの目的は事業・組織を変えることであって、ITシステムの更新はその手段である。

ITシステムありきではなく、まず自社の事業・組織をどう変えたいか、そのためにDXは必要か、必要ならどういうITシステムが必要かというロジックで考えるとよいだろう。

(4)DXですべてを変えるって、ちょっと無理

ITベンダーやコンサルタントは、「DXで事業・組織を全面的に革新しよう」と言う。これを聞いて、多く中小企業経営者は「すべてを変えるのはリスクが大きすぎる」「資金も人材も限られるわが社では、すべてを変えるのは無理」と尻込みしてしまう。

しかし、「すべてを変える」というのは一種の宣伝文句で、実際には顧客との商談や役所の手続きをデジタル化するなどの、身の丈に合ったDXもある。ゼロか100か、という思考に陥らないようにしたい。

中小企業経営者は、(1)~(3)の「認識の壁」についてゼロベースでDX化の必要性を考えていくべきだろう。世の中はDX化一色なので「うちも何かやらなきゃ」と考えてしまいがちだが、DXの必要性は業種や事業内容によって大きく異なる。必要ないというなら、無理に取り組むことはない。

DX化が必要であり、これから取り組むということになったら、認識の壁(4)に関連する事情を精査して、身の丈に合ったDX化を模索してく。DXによって事業・組織を全面的に革新できるのが理想だが、経営資源が限られる中小企業では、本当に必要な業務プロセスに絞って導入する、効果が大きく成功確率が高い部分から実験的に導入するといったアプローチを取りたい。

また、中小企業や小規模事業者は「IT導入補助金」などの支援対象になることもあるので、活用するとよい。

昨年が日本における「DXの認知元年」だとしたら、今年は中小企業もDX化に取り組む「DXの実行元年」になるだろう。企業が発展する、飛躍の1年であってほしいものである。

日沖健(ひおき・たけし)
経営コンサルタント。日沖コンサルティング事務所代表。昭和40年、愛知県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。日本石油(現・JXTG)で社長室、財務部、シンガポール現地法人、IR室などに勤務し、平成14年より現職。著書に『変革するマネジメント』(千倉書房)、『歴史でわかる!リーダーの器』(産業能率大学出版部)など多数。