■使命感持って生きてこそ
冒頭から私ごとで恐縮だが、評者は51歳のときに28年間の勤めを辞め、執筆に専念し始めた。それが「逆転」となってくれるかは今後の課題なのだが、そのときの私は人生の針路を変えたいとつよく願っていた。
人生の残り時間を意識する年頃になって、自分の生き方を見つめ直したい人は多いだろう。会社員として働きながら執筆を続けた早見俊は、平成18年のデビューからすでに200冊以上の著作を刊行している。そんな著者が選んだ32人の顔ぶれは多彩である。本書では彼らを5つのタイプに分けているが、1つずつ紹介しよう。
史上2位の台数を売ったことで大衆車市場の需要が激減するという矛盾を経て、高級車市場を切り開いた「執念爆発型」の自動車王ヘンリー・フォード。第2志望だった活動弁士としての成功を潰したトーキー映画の到来をマルチな活躍で乗り切った「才気煥発型」の徳川夢声。前例踏襲に堕する官僚主義をはねのけて日銀をかじ取りし、日本をオイルショックから救った「国難逆転型」の前川春雄。倒産など度重なる危機を好奇心、勇気、継続、自信の4つの「C」ではね返した「強メンタル型」のウォルト・ディズニー。第二次世界大戦でデザイナーとしての将来を断たれたものの、友人たちの協力を得て41歳から再始動した「大器晩成型」のクリスチャン・ディオール。
人生の針路変更について著者が持つ経験と知見が、本書を実に味わい深い一冊としている。彼らが人生を逆転できたのは、努力、勤勉、才能、野望、強運だけではなく、彼らの持つ使命感の力によるものだった。著者のこの考えに一人の作家として深く共感するのである。
作家それぞれに中身は違うはずだが、誰もが使命感を持って作品に取り組んでいると思う。だから、書斎に籠もって徹夜続きの日々にも耐えられるのだ。悔いない人生を送るために人は使命感を持って生きなくてはならない。使命感があるからこそ、どん底の苦境から人生を逆転できる。本書に描かれる先人たちの壮絶な生き方が、この事実を雄弁に物語るのである。
コロナ禍に世界の人々があえぐいま、32人の逆転人生から学ぶべきことは少なくない。(秀和システム・2000円+税)
評・鳴神響一(作家)