話の肖像画

歌手・郷ひろみ(65)(23)米留学でつかんだ自分の声

ボーカルトレーナーの第一人者、ドクター・ライリー氏(左)のレッスンを受ける
ボーカルトレーナーの第一人者、ドクター・ライリー氏(左)のレッスンを受ける

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《己が信じた道を行く。そんな思いが人気絶頂の平成14年1月から活動を休止し、約3年間にわたるアメリカ留学へとつき動かした》

出発する前年の9月11日、米中枢同時テロ事件がありましたよね。それまで何度もニューヨークに行っているし、住んでもいた。貿易センタービルもよく知っている。そこがテロの被害にあった。「危険ですよ」と周りは心配しました。でも僕は行くことに迷いはなかったです。

《46歳での米国留学》

徹底的にボイストレーニングをやりました。ブロードウェーのミュージカル『ファントム・オブ・ジ・オペラ』(オペラ座の怪人)でオーケストラの指揮をしていたデイビッドという友人がいたんです。ニューヨークで再会すると「ドクター・ライリーというボーカルトレーナーがいるけど、興味があるか?」って。世界で3本の指に入るといわれているトレーナーで、セリーヌ・ディオンやホイットニー・ヒューストン、シャキーラ(コロンビア出身の世界的歌手)らを教えていたというんです。「1回だけなら予約を取れる」って。もちろんお願いしました。

ライリーはポニーテールの髪形で、恰幅(かっぷく)がよく、柔和で懐の深さがある人物だなというのが第一印象でした。で、その日のレッスンが終わると「次はいつにする?」と言うんです。レギュラーは取れないと聞いていたのに「やってくれるんだ」とすぐにスケジュールを入れました。それまで違うトレーナーでしたが、ライリーに代えた。(1回の)レッスン料は以前の倍、200ドルでしたが、彼に託しました。それが始まりです。

基礎はオペラで、声の出し方が基本でした。喉を大きく広げて歌うのはオペラだけど、(やや広げて)「ここで歌って」と言う。狭すぎると、とんがり過ぎ。でも広げ過ぎない、そういうフレキシビリティー(柔軟性)があった。「ひろみに合うのは、喉のソコで歌うこと」という指摘を受けたのは初めてでしたよ。最初は何を言っているのか分からなくて、ハァ~ッ? って感じでした。ビブラート(歌のフレーズの終わりで波打つように揺らす歌唱)も変えられました。歌も時代とともに進化する。「昔のビブラートは深く、ゆっくりだったが、今は浅く、そして速めだ」と教えられた。「ひろみのは若干深い。もっと浅くし、間隔を狭めろ」と。そしてスピードを少しだけ速めろって。とにかく信じて、やり続けました。

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