受賞作は「文学的偏差値が高い」「圧倒的な票数」…第164回芥川・直木賞選考会講評

第164回芥川賞に選ばれた宇佐見りんさん(右)と直木賞に選ばれた西條奈加さん=東京・内幸町
第164回芥川賞に選ばれた宇佐見りんさん(右)と直木賞に選ばれた西條奈加さん=東京・内幸町

第164回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が20日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞は宇佐見りんさん(21)の「推し、燃ゆ」(「文芸」秋季号)に、直木賞は西條奈加さん(56)の「心淋(うらさび)し川」(集英社)に決まった。選考会での講評を紹介する。

■言葉が鮮やか

宇佐見りんさんの「推し、燃ゆ」に決まった芥川賞。会見した島田雅彦選考委員は「委員の過半数がリモート参加という異例の形になったが、議論自体には支障がなく白熱した」と選考会を振り返った。

初候補での受賞となった宇佐見作品は、ネットで炎上した男性アイドルを推すことが人生の「背骨」になっている女子高校生の切実な心情を活写し、群を抜く点数を得た。「ヒロインの自意識を描く言葉が非常に鮮やかで、一見刹那的に繰り出されているようでかなり吟味されている」とされ、読者の関心をひく文章のセンスやリズムについても「非常に文学的偏差値が高い」とたたえられた。

次点は候補2回目となる乗代雄介さん(34)の「旅する練習」(群像12月号)。サッカー少女と小説家の叔父の旅を描くロードノベルで、「コロナ禍が強烈に意識され、語りに力が抜けていてすんなり読める。その波乱やカタルシスのなさが、新しい日常を生きていく上でリアル」と高く評価されたが、「雑多な部分を『捨てられない人』なのでは」との意見も付され、惜しくも受賞を逃した。

同じく候補2回目の砂川文次さん(30)の「小隊」(文学界9月号)は、北海道に上陸したロシア軍と自衛隊との戦闘が題材。そのリアリティーは注目されつつも「不可避で理不尽な戦闘は現在のメタファーともとれるが、背景の戦争が見えにくいのは問題」とされ、支持は広がらず。

虐待のトラウマを背負った女性の内面を描く木崎みつ子さん(30)の「コンジュジ」(すばる11月号)は「ストーリーテリングの才能は評価されたが、症例報告を超えた文学性に欠ける」として、選外に。

ミュージシャンの尾崎世界観さん(36)の「母影(おもかげ)」(新潮12月号)は、母子家庭の女子小学生という語り手の設定に「あざとい」などの厳しい意見が相次いだ。

(磨井慎吾)

■完成度が高い

25年ぶりに候補者全員が初ノミネートとなった直木賞選考会。賞に輝いたのは、江戸の長屋で懸命に生きる無名の人々を描いた西條奈加さんの「心淋し川」だった。選考委員の北方謙三さんは「完成度が高い。圧倒的な票数で西條さんだった」と振り返った。

決選投票に進んだのは4作品。「心淋し川」▽アイドルグループ「NEWS」の加藤シゲアキさん(33)の「オルタネート」(新潮社)▽坂上泉さん(30)の「インビジブル」(文芸春秋)▽伊与原新さん(48)の「八月の銀の雪」(新潮社)-のうち、西條作品が最も評価された。

北方さんは「風変わりな長屋を舞台に、一つの世界をつくり上げた。普遍的な人間関係がしっかり描かれていた」と称賛した。

受賞に一歩及ばなかったのが青春小説「オルタネート」。冗漫さなどを指摘する声があり、同時受賞はならなかった。ただし、北方さんは「私は個人的に推した。惜しかった」と語り、今後に期待を寄せた。

戦後の一時期だけ実在した「大阪市警視庁」を舞台にした坂上作品も「惜しかった」という。「長編の持つ握力を十分感じさせたが、もう少し先に別の賞を取ったほうがいいという意見も出た」(北方さん)。

科学により人々の世界が広がる様子を活写した伊与原作品。強く推す委員もいたが、「短編集としてはどこか弱い。説明が多いのもかなりのマイナス点になった」として受賞を逸した。

日常に潜む恐怖を描いた芦沢央(よう)さん(36)の「汚れた手をそこで拭かない」(文芸春秋)は、「短編集としてのまとまりがなく、わっと来る力もない」。各国の「負け犬」が諜報組織と対峙(たいじ)する長浦京さん(53)の「アンダードッグス」(KADOKAWA)は、「最初に大風呂敷を広げたが、閉じ方がちまちまとしている」として、いずれも支持を得られなかった。

(本間英士)