軽度の知的障害や発達障害がある高校3年生の就労支援の一環として、仮想現実(VR)技術を活用して対人スキルを学ぶ取り組みを大阪府教育庁が今年度から始めた。就職後、人間関係のトラブルによる離職を減らすことがねらいで、特別支援学校での導入を増やしていきたい考えだ。文部科学省によると、特別支援学校にVR教材を導入する例は全国的に珍しく、効果が注目されている。(木ノ下めぐみ)
■相手の心情は
大阪市浪速区の府立なにわ高等支援学校のパソコンルーム。3年生の男子生徒がゴーグル形の機器を装着すると、生徒の視界には教室にいるかのような映像が広がり、架空の友人のナオキ、ワタルと雑談する場面が始まった。途中でナオキは教諭に呼び出され、しばらくすると暗い表情で戻ってくる。このとき、生徒がナオキに対して取る行動として「近くに呼び雑談を続ける」「ワタルと話し続ける」「大丈夫かと話しかける」の3択が表示された。
生徒が「近くに呼ぶ」を選択すると、ナオキは不機嫌に。選択によって展開が変わる設定になっており、別の選択肢を選べば違う反応が返ってくる。
映像の終了後、生徒は「近くに呼ぶ」を選んだ理由を「早く最初に話していたときの笑顔に戻ってほしかったから」と話し、教諭と一緒にナオキの気持ちを考えた。担当の貞広晋太郎教諭は「選択に正解はありません。選んだときの自分の感情の動きや相手の心情を想像し、言葉にする訓練です」と説明。生徒は「実際に体験している感じがして、相手の気持ちが想像しやすかった」と話した。
■社会経験「予習」
発達障害のある生徒には、相手の気持ちを理解したり、自分の思いを表現したりすることが困難な場合がある。
府教育庁によると、高等支援学校は一般企業への就労を目指した教育に力を入れているが、就職後、人間関係のトラブルから離職するケースが少なくないという。上司の叱咤(しった)激励を額面通りに受け止めてしまうなど、深刻なすれ違いが生じがちなためだ。
各支援学校ではこれまでも、生徒の特性に応じて対人関係のスキルを身につける訓練に取り組んできた。ただ、イラストやロールプレーなどで友人との会話などさまざまな場面を想定しても、実際に相手の反応を体験できるわけではなく、効果に限界があったという。
そこで注目したのがVR技術だ。なにわ高等支援学校で導入した教材では、学校内での会話や企業の就職面接、就労後の上司とのやり取りなど100以上の場面を疑似体験できる。教材を開発した「ジョリーグッド」(東京)によると、障害のある6~18歳の子供たちが放課後や夏休みに活用した例があり、「失敗を気にすることなく社会経験の予習ができる」と好評だという。
■均質な訓練可能
府内には職業学科のある高等支援学校が5校あり、府教育庁はまず、なにわ高等支援学校にVR機器8台を配備。効果的な活用方法を検証し、今後さらに導入校を増やす予定で、担当者は「対人スキルの指導には先生の力量差があるが、VRを活用した手法を確立できれば、他の支援学校でも均質な訓練を行って生徒を社会に送り出せる」と期待する。
文部科学省特別支援教育課によると、特別支援学校の授業でVRを活用する例は珍しいといい、担当者は「VRを教育に活用する歴史はまだ浅い。大阪府教育庁の取り組みに注目したい」と話している。