話の肖像画

歌手・郷ひろみ(65)(17)衝撃の歌詞「お嫁サンバ」

酒井政利さんの文化功労者受章のお祝い会にて (提供・酒井プロデュースオフィス)
酒井政利さんの文化功労者受章のお祝い会にて (提供・酒井プロデュースオフィス)

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《筒美京平さんとともに、歌手人生に影響を及ぼしたのが、音楽プロデューサーの酒井政利さんだ》

昭和49年に出した『よろしく哀愁』という曲があります。実はあの詞のほとんどを書いたのは酒井さんなんです。作詞家の安井かずみさんが、シングルレコードのA面とB面(タイトル『セーターに愛をこめて』)を逆に書いてきた。曲に乗せると、どう考えても字足らずになったり、字余りになったりするんです、文字数が違いますから。メインはA面の『よろしく哀愁』で、レコーディングのとき、安井さんはすでにパリに行ってしまい、現場にはいない。今みたいに携帯電話もない時代だから、安井さんとは連絡が取れない。仕方がないから酒井さんが急遽(きゅうきょ)、詞を書き直したんです。後から知ったことなんですけどね。

確かにあのとき、僕がスタジオに早く着いたためなのか、すごく待ったんです。18歳くらいの頃ですから、いくら待ってもレコーディングとはそういうものなんだろうなと思っていました。酒井さんは自分の世界に入っていたのかもしれませんが、とにかく待たされたことを覚えています。酒井さんはそのときは何も言わなかったのですが、まさか詞を書き直しているとは思いませんでした。

当時は1年間に3、4枚のシングルを出していた。3カ月、4カ月単位のペースです。発売日は決まっていたので、レコーディング日は絶対にずらせない。今では考えられないスケジュールですよ。酒井さんはそれを全部仕切っていた。

《人生を変えた『お嫁サンバ』には確執があったという》

酒井さんとの思い出で一番印象に残っているのはデビュー10年目に出した『お嫁サンバ』(56年5月)です。メロディーを聞いて、「いい曲だな」と思ったのですが、歌詞を見てびっくり。「イチ、ニッ、サンバ、ニィ、ニッ、サンバ、お嫁、お嫁、お嫁サンバ」って。何だこりゃ~ってね。韻を踏んでいるのはわかります。しかし、この曲にこの詞はないだろうと。当時は20代後半、こう思ったんです。

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