【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】巨人・原監督「藤浪譲渡」発言、桑田氏コーチ就任で狙う仰天プラン(2/6ページ) - 産経ニュース

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「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記

巨人・原監督「藤浪譲渡」発言、桑田氏コーチ就任で狙う仰天プラン

 「自分が新人として(35年前に)初めて、よみうりランドに足を踏み入れたときのことを回想しました。久しぶりに中に入ると、勝負の世界の緊張感を少し感じました」と話し、原監督の傍らでずっと話し込む姿もありましたね。

 今回の桑田氏の電撃入閣は、さまざまな面で超サプライズでしょう。巨人の組閣は昨季終了後に一度、発表されていて、原監督、元木大介ヘッドコーチ(49)の下、1軍の投手部門は宮本和知チーフ(56)と杉内俊哉コーチ(40)の2人制でしたね。それが昨年12月28日、原監督自らが山口寿一オーナー(63)に「気になる後輩がいる。戦力になってもらいたい」と相談を持ち掛け、桑田氏の入閣の了承を取り付けるや、まだ年明けの余韻が冷めやらぬ5日に同氏と接触。「『ぜひ野球界、ぜひジャイアンツのために!』と一寸の迷いもなく話を聞いてくれた」と入閣を要請し、快諾を得ました。

思い浮かんだ選手の顔

 一度、発表したコーチ人事を年を越した年始に手直しすることは前代未聞で、長く野球界を取材している身でも、過去にそんなことがあったかなぁ…と首をひねるばかりですが、さらに驚くのは原監督と桑田氏の人間関係です。

 桑田氏は大阪・PL学園高では1年夏から5季連続で甲子園に出場。2度の全国制覇(1983年夏、85年夏)を果たし、戦後最多の甲子園通算20勝をマーク。86年にドラフト1位で巨人に入団するとMVP、沢村賞、最多奪三振各1度、最優秀防御率2度など多くのタイトルを獲得しました。原監督とはエースと4番という立場でチームを支えていた時期もありました。しかし、原監督の親しい人脈に桑田氏がいたか…といえばそうではなく、むしろ2人の間には距離感があったと思います。それがなぜ?