新聞に喝!

「もしも」の危機に警鐘を 美術家・森村泰昌

1都3県に緊急事態宣言を発令し会見で国民に協力を呼びかける菅義偉首相=7日午後、首相官邸(春名中撮影)
1都3県に緊急事態宣言を発令し会見で国民に協力を呼びかける菅義偉首相=7日午後、首相官邸(春名中撮影)

新型コロナウイルス感染の拡大に伴う2度目の緊急事態宣言が7日、菅義偉(すが・よしひで)首相によって発令された。私が気になったのはその内容自体というよりも、一般的にはあまり問題にならないであろう、些細(ささい)な箇所についてだった。

新聞に掲載された要旨に、「今回の世界規模の感染の波は私たちが想像していたものを超え、厳しいものになっている」とある。ここで述べられた「私たち」とは誰を指すのだろう。

感染症について素人にすぎない私でさえ、昨年の「Go To キャンペーン」時における人々の移動の急激な増え方を目にして、これは必ず感染者数に強い影響を及ぼすと、危機感を覚えたものだった。つまり私は現在のような深刻な状況をそれとなく「想像していた」のであるし、同様の危惧を抱いていた市井(しせい)の人も多かったことだろう。だとすれば、ここまで感染が拡大するとは思ってもみなかった「私たち」とは、国民全体が納得できる総意としての「私たち」ではあるまい。

むしろこの短いフレーズから読み取れるのは、「私たち」の政府の見通しの甘さであり、緩みなのである。菅首相はしばしば、「もしも」という仮定形の問いには答えかねると発言する。しかし重要なのは、「私たちが想像していたものを超え」る事態を十分自覚した上で事にあたり、万一「もしも」のことが発生した場合には、対応可能な次の一手がすぐに繰り出せる態勢が整っているという点だろう。これは危機管理における「イロハのイ」に当たる基本中の基本である。

素人の危惧ということでもう一点、異常な株価の上昇傾向を挙げさせていただく。実体経済との乖離(かいり)が大きすぎ、いつ大暴落が起きても不思議ではないと恐ろしくなってくる。閉店を決めた店や職を失った人々がますます増えているというのが、今の社会の実態である。この実態に見合う形で株価が暴落すれば、恐るべき規模の経済破綻へと社会が突き進む可能性もある。

そうした「もしも」の危機への対策がなされぬまま、「私たちが想像していたものを超え」た事態に陥ってしまえば、もうそれは、後からいくら反省の弁を弄しても、時すでに遅しである。もちろん大仰に不安をあおるべきではないが、新聞というメディアが、獲得した情報から大胆に未来を予測しつつ、「私たち」の社会に的確な警鐘を鳴らすツールになることはできる。文字の文化がなし得る役割があると固く信じたい。

【プロフィル】森村泰昌

もりむら・やすまさ 昭和26年、大阪市生まれ。京都市立芸大専攻科修了。ゴッホなど名画や歴史的な人物に擬した写真作品を発表。著書に「自画像のゆくえ」など。