書評

『1984年に生まれて』 みずみずしい「自伝体」小説

 陰鬱な監視社会を描いたオーウェルのディストピア小説『一九八四年』のおかげで、1984年という年には特別なイメージがある。それを逆手にとったのが、同年1月にアップルが放送したMacのテレビCM。労働者たちに画面越しに演説する支配者めがけて女性アスリートがハンマーを投げつけ、スクリーンを打ち砕き、「1984年が『一九八四年』のようにならない理由が、この製品です」という語りがそこにかぶさる。

 同じ1984年、中国では、トウ小平の改革開放政策が本格的に動き出し、国民生活は大きく変化した。この年7月、中国・天津市に生まれた●景芳(ハオ・ジンファン)は、80後(バーリンホウ)と呼ばれる80年代生まれを代表する女性作家。全世界に大ブームを巻き起こした劉慈欣『三体』に続いて、中編「折りたたみ北京」で中国に2つ目のヒューゴー賞をもたらし、名実ともに中国SFのトップランナーとなった。

 『●景芳短篇集』に続いて邦訳された本書は、その●景芳が2016年に発表した長編。ただし、これは一見、ディストピア小説でも、SFでもない。主人公は、著者と同じ1984年に生まれた軽雲と、文化大革命の時代に少年期を過ごしたその父親・沈智。対照的な二つの中国を生きた娘と父の人生が、時代を行きつ戻りつしながら描かれる。

 オーウェル的な監視社会に育った父とは対照的に、軽雲は、『二都物語』や『レベッカ』のみならず、池田理代子『ベルサイユのばら』や、英洋子『レディ!!』らしき漫画を読んで自由に育ってきた世代。大学卒業後は海外留学の選択肢もあり、日本の同世代女性と比べても恵まれているように見える。にもかかわらず彼女は、生きづらさを抱え、何者かに監視されているという不安から逃れられない。彼女が抱く閉塞(へいそく)感は、同世代の日本の作家たちが描くそれと、驚くほどよく似ている。

 ただし本書では、分量的にはごくわずかな、あるSF的な要素(オーウェル的な世界との接続)によって、ありえたかもしれない別の世界線が二重写しになり、主人公が生きる世界が相対化される仕掛け。現代日本の読者をも共感させる、立体的でみずみずしい自伝体小説だ。(●景芳著、櫻庭ゆみ子訳/中央公論新社・2000円+税)

 評・大森望(書評家)

 ●=赤におおざと

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