話の肖像画

歌手・郷ひろみ(65)(15)異例ずくめ「アイドル熱狂時代」

昭和49年ごろ、どこに行くにもファンに囲まれていた
昭和49年ごろ、どこに行くにもファンに囲まれていた

(14)へ戻る

《昭和47年に『男の子女の子』で歌手デビュー。翌48年にはブロマイドの年間売り上げがナンバーワンとなり、一躍トップアイドルとなった。演歌が主流だった歌謡界を一変させ、コンサートでは熱狂したファンが絶叫し、出演したドラマのラブシーンに抗議が殺到したため、テレビ局がカットするほどの過熱ぶりだった…》

時代も違うんでね、今では考えられない。すごかったですよ、ホントすごかった。僕は経験してきているんでね、今ではあまり動じないよね。(ファンに囲まれて周りの)スタッフが「危ない」と思っても、昔と比べたら全然ですよ。特に僕が10代の頃はすごかった。若い女性にとってのエンターテインメントがアイドルしかなく、それに熱狂していく時代でしたからね。ステージで歌っていても、何を歌っているのか分からなかった。右を向いたらキャーッ! 左を向いたらキャーッ! イヤーモニター(耳に着ける音声や音響をチェックする高性能ヘッドホン)もない時代で、会場では熱狂しか聞こえなかった。何をやっているのか、さっぱり分からなかった。

当時、赤いフードがついたコートを着ていたんですが、ファンにもみくちゃにされ、引っ張られてフードがなくなったことがあった。破こうと思っていたわけじゃない、触りたいということだったんでしょうが、気づいたらフードがない。デビュー前のことですよ。

熱狂はデビュー前からでした。ファンクラブができて、NHKの大河ドラマ(47年の「新・平家物語」)に出演した。(当時所属していた事務所社長の)ジャニー喜多川さんの計算があったんじゃないかと思う。デビュー前に東京・新宿のライブハウス「ニューアシベ」のステージにも立っていたし、それ以外にも舞台経験は積んでいました。48年からは「月刊明星」(集英社の芸能誌)の年間人気投票で7年連続で1位になった。でも当時は(歌は)ひどかったと思います。だって分かっていなかったから。デビューまではフォーリーブスが周りにいてくれ、それがジャニーさんから「これからは一人だからね」と言われ、ある意味ショックでしたね。デビューすると、どこに行くのも一人じゃないですか。「大丈夫かな」と思っていた記憶がありますよ。

会員限定記事会員サービス詳細