復興日本 東日本大震災10年

第1部 再生(4)除染諦めても 先祖の土地守る

■苦渋「これからスタート」

福島県内の除染で生じた汚染土や廃棄物は同県大熊町と双葉町に作られた中間貯蔵施設に運ばれている。先行搬入を始めた平成27年3月から30年以内に県外へ搬出して最終処分すると法律で定めたが、処分地のめどは立っていない。環境省によると、県内の除染で出た土壌などは約1400万立方メートルと推計される。

「今後、受け入れる自治体はないでしょう。県外に持ち出せるわけがない。それならば福島県が中心になって現実的な提案をしなければならない。飯舘村での事業はブレークスルーになる」と話す。

「長い間、放置されたからな」と前区長の鴫原(しぎはら)良友さん(70)は言う。先祖が開拓し、大切に守ってきた土地が荒れ果てていく様子に住民は心を痛めた。多くの人は避難先に生活基盤ができ、若者のほとんどは戻ることを望まず、高齢者だけが戻っても生活は難しいのが現状だ。

住民らは約1年にわたり、国や村と協議した。いつになるか分からない全面的な除染を待つよりも、地域を整備し、自由に行き来できるようにする選択を決断した。鴫原さんは「苦渋の選択だった」と明かす。住民らの苦心の末、復興への一歩を踏み出した長泥地区。実証実験が成功すれば、ほかの自治体も続く可能性もある。ただ、避難指示を解除しても住民が戻る可能性は少ない。

「きれいにしてもらっても、今後の維持管理が難しい」と鴫原さんがみるとおり、土地をどう利用していくかが課題として残る。

田中さんは、村と住民が主体となって、道筋をつけていくことが重要だと指摘する。その上で、感情や思想ではなく、科学的なデータを基に現実的な解決策を模索する必要があると強調する。

「長泥の魅力をどうやって作り、どう利用していくか。それを決めるこれからが本当のスタートだ」

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