復興日本 東日本大震災10年

第1部 再生(4)除染諦めても 先祖の土地守る

【復興日本】東日本大震災10年 第1部 再生(4)除染諦めても 先祖の土地守る
【復興日本】東日本大震災10年 第1部 再生(4)除染諦めても 先祖の土地守る
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東京電力福島第1原発事故の被害を受け、12市町村に避難指示が出た福島県。現在も立ち入りが制限される「帰還困難区域」は7市町村にまたがって残る。事故から間もなく10年たつが、復興に向けた対応は自治体ごとに温度差が生まれつつある。

国は7市町村のうち、南相馬市を除く6町村の帰還困難区域内に、再び居住できるようにする「特定復興再生拠点区域(復興拠点)」を設け、令和4~5年の解除を目指して除染やインフラ整備を進める。ただ、復興拠点は全帰還困難区域約3万3700ヘクタールのうち2747ヘクタールで、約8%にすぎない。残る9割以上の先行きは不透明だ。

この状況に一石を投じたのが、飯舘(いいたて)村の前村長、菅野典雄さん(74)だ。全村避難となった村は平成29年3月、山間部にある帰還困難区域の長泥(ながどろ)地区を除き、避難指示が解除された。国は30年に長泥地区の約2割に当たる186ヘクタールを復興拠点に指定。令和5年春までの避難指示解除を目指す。

長泥地区内にある全74世帯のうち拠点内では家屋の解体や除染が進むが、拠点外にある11世帯の家屋の解体について明確な方針は示されていない。同じ地区内で差が生まれる。

昨年2月、菅野さんは長泥地区全域の一括解除を政府に要望した。拠点外での住民の居住は想定せず、全面的な除染は諦める代わりに、国が家屋の解体と限定的な除染を行うという案だ。「損をして実を取る」と菅野さんは語る。

要望を受け、政府は昨年12月、全面的な除染なしでも避難指示を解除できる新たな仕組みを設けた。だが、帰還困難区域を抱えるほかの自治体からは、「事故前に戻すのが国のけじめ」と異論が噴出した。

「被曝(ひばく)線量を下げるために除染を行うはずが、除染そのものが目的化した。除染をしなければ避難指示を解除できないという状況が解除を遅らせた。解除がもっと早ければ、住民はもっと戻っていたはずだ」

そう指摘するのは原子力規制委員会の初代委員長を務めた田中俊一さん(76)だ。退任後、「復興アドバイザー」として飯舘村で暮らす。

長泥地区の復興拠点内では、村の除染ではぎ取った土壌を再利用する実証実験が行われている。放射性物質濃度が1キログラム当たり5千ベクレル以下の除染土を選んで、農地に盛り土を造成。その上に、汚染されていない土を約50センチかぶせる覆土をし、ミニトマトやカブ、キュウリ、花などを栽培している。

環境省によると、ミニトマトなどの放射性物質濃度は1キログラム当たり0・1~2・3ベクレルで、国の基準値100ベクレルを下回った。

「除染土を埋めるこの事業には議論があったが、故郷が放置されるのは忍び難いという長泥住民と、少しでも除染土を減らしたいという国の思惑が一致した」と田中さんは話す。