【東京特派員】湯浅博 いまだ「日本独立」に届かず(1/2ページ) - 産経ニュース

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東京特派員

湯浅博 いまだ「日本独立」に届かず

「日本独立」の一場面
「日本独立」の一場面

 世はアニメ映画「鬼滅の刃(やいば)」が、観客動員数で記録を更新しているさなかにある。そんなはやりモノに背を向けて、愚直に昭和20年の日本占領期を追い求めている映画があった。

 忌々(いまいま)しい武漢ウイルスに何かと制約を受けるが、これだけは見逃したくない。なにより、防衛問題の論客、織田邦男元空将が出演しているとあっては、見ないわけにはいかなかった。

 友情出演である織田さんには、憲法学者、宮沢俊義の役どころなのでセリフがなくても、まあ仕方がないか。宮沢はポツダム宣言の受諾が、大日本帝国の国体を否定したとする「8月革命説」を主張していた人物であった。

 昨年末に公開の映画『日本独立』は、ポスターで「戦争に負けても この国は誰にも渡さない」と主張していた。監督はかつて、東条英機に光をあてた話題作『プライド 運命の瞬間』を世に送り出した伊藤俊也さんである。

 今回の映画は、終戦連絡中央事務局次長になる白洲次郎を軸に、吉田茂外相、松本烝治国務相らが昭和21年、連合国軍総司令部(GHQ)と交渉しながら、日本国憲法を起草する過程をみごとにドラマ化した。敗戦まもない「一億総ザンゲ」の時代で、幣原内閣はGHQの急進的な要求を受け入れざるを得ない過酷な状況にある。

 GHQは当初、日本主導による憲法改正を期待した。しかし、松本が中心の政府案は、マッカーサー司令官から「明治憲法の字句をかえた程度のもの」と判断された。そこでマッカーサーは、ハーバード大学卒の法律家、ケーディス大佐を中心とした特命チームを発足させた。

 彼らは2月4日から、極秘のうちに新憲法草案を8日間で完成させた。司令官が急がせたのは、ソ連を含む極東委員会が始まる前に、GHQの意向に沿った新憲法が必要だったからだ。