NEWS・加藤シゲアキさんで注目の直木賞は「初」づくし 新顔揃いで混戦?

第164回直木賞候補作を伝える小説誌「オール読物」と、初の候補入りを果たした「NEWS」の加藤シゲアキさんの「オルタネート」
第164回直木賞候補作を伝える小説誌「オール読物」と、初の候補入りを果たした「NEWS」の加藤シゲアキさんの「オルタネート」

第164回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が20日に迫ってきた。コロナ禍で首都圏4都県に緊急事態宣言が再発令された異例の状況下の選考で、とくに注目されているのがアイドルグループ「NEWS」の加藤シゲアキさん(33)がノミネートされた直木賞だ。6人全員が初候補で、作品ジャンルも多彩なことから混戦も予想される伝統の賞レースを展望する。(文化部 海老沢類)

「小説の腕上げた」

「作家にとっては憧れの賞。驚がくです」

先月18日、今回の直木賞候補作が発表されると、加藤シゲアキさんのそんな率直な言葉がスポーツ紙やネット上を駆けめぐった。

平成24年に「ピンクとグレー」で作家デビューも果たした加藤さんは今回候補に選ばれた「オルタネート」(新潮社)が6作目の小説。高校生限定のSNSマッチングアプリ「オルタネート」が広まった現代の若者の青春群像を描く。「絶対真実の愛」を求めてオルタネートにのめり込む女子高校生ら、同じ東京の高校に集う男女3人のキャラクターを描き分け、恋や友情、家族をめぐるそれぞれの選択をつづる。SNSを介して人と人がつながることの意味も問いかける青春小説で、10万部のベストセラーになっている。

直木賞は実質的に文芸春秋が運営する。加藤さんの「オルタネート」の出版元が文春ではなく新潮社であることも手伝って、出版社の文芸編集者からは「単なる話題作りではなく本気で選んだ結果」「小説の腕を格段に上げている。有力候補なのでは」といった声が漏れ聞こえてくる。

バラエティー豊か

ただ、話題は加藤さんだけではない。大衆文学の新進、中堅作家に贈る直木賞で、候補全員が初ノミネートとなるのは平成8年の第114回以来じつに25年ぶりだという。

候補の6作は以下の通り(敬称略)。

芦沢央(よう)(36)「汚れた手をそこで拭かない」(文芸春秋)▽伊与原新(48)「八月の銀の雪」(新潮社)▽加藤シゲアキ「オルタネート」(新潮社)▽西條奈加(56)「心(うら)淋し川」(集英社)▽坂上泉(30)「インビジブル」(文芸春秋)▽長浦京(53)「アンダードッグス」(KADOKAWA)

「選定にセンスの良さを感じた。芸能人の加藤さんの候補入りで『話題作り』だとみられがちだが、全体にバラエティーが非常に豊かで、どの作品も面白く読める」と文芸評論家の細谷正充さんは語る。

直木賞では新顔でも、売り出し中の旬の作家や実力派がそろっていて、ジャンルや作風の幅も広い。

ミステリーに分類できるのは3作だが、それぞれに味わいは違う。芦沢さんの短編集「汚れた手をそこで拭かない」では、小学校教師や認知症の妻と暮らす夫ら、ささやかな秘密を抱えたごく普通の人々が日常の落とし穴にはまり込んでいく。欲やずるさ、悪意といった人間心理と切れ味鋭いどんでん返しが絡み合い、背筋がぞくっとするような結末が待っている。

一昨年にデビューを飾ったばかりの坂上さんの「インビジブル」は、戦後数年だけ存在した「大阪市警視庁」を舞台に猟奇連続殺人事件に立ち向かう刑事2人の姿をつづった長編。戦中戦後の闇も緻密に描き、松本清張風の骨太な社会派小説に仕立てている。「アンダードッグス」の長浦さんは、4年前に大藪春彦賞を受賞している。今作は中国への返還前夜の香港を舞台に、国際的な謀略や裏切りが交錯する冒険小説で、候補作中、最もエンターテインメント性に富んだ長編といっていい。

一方、大学院で地球惑星科学を専攻したという異色の経歴を持つ伊与原さんは一昨年に新田次郎賞を受けて波に乗っている。短編集「八月の銀の雪」では人生につまずいた人々が科学のもたらす魅惑的な真実に触れることで、小さな一歩を踏み出す。切なく、どこか温かい5編からなる短編集は、理系出身の作家ならではの光を放つ。

吉川英治文学新人賞などの受賞歴がある西條さんの「心淋し川」は、江戸の千駄木町を舞台にしたオムニバス形式の一冊。候補のなかで唯一の時代小説だ。

「無事に受賞作を」

「どれが賞を取ってもおかしくない混戦です。2作同時受賞という結果もありうるのでは」と細谷さんはみる。

昨年1月の第162回で川越宗一さんのデビュー2作目「熱源」が受賞したように、キャリアの長短はあまり影響しない。選考は基本、作品本位といえる。

そんな中で、幅広い支持を得られそうなのが「心淋し川」だ。古びた長屋が立ち並ぶ「心町(うらまち)」と呼ばれる一角で、それぞれに複雑な過去を抱えながら暮らす住人の悲喜こもごもが描かれる。人間の弱さやたくましさが抑制された筆致でつづられ、行き場のない者が流れ着く「心町」の懐の深さ、やさしさがじわりと浮かび上がる。連作としてのまとまりもいい。

「オルタネート」は作中のマッチングアプリや遺伝子解析をめぐる記述がすんなりと受け入れられれば、現代のリアルな青春小説として票を集める可能性がある。戦後史と人間ドラマを巧みに融合させた「インビジブル」は、作品の構成がどう評価されるかがカギになりそうだ。

文芸書の販売部数に陰りも出ているなか、「該当作なし」は避けたいところだ。選考会の議論を仕切る司会役も気を引き締めている。直木賞選考会の司会は文芸春秋の小説誌「オール読物」の編集長が行ってきた。今回、女性として初めての大役を務める川田未穂編集長(48)は選考会当日、会社にほど近い神社へ願掛けに行くつもりだという。「選考委員の方々のおっしゃることを実直にお聞きし、話をうまくつないでいければ。コロナ禍のなかで安全に選考が進むように気をつけて、無事受賞作を送り出したい」

第164回芥川賞・直木賞の選考会は20日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれる。