朝晴れエッセー

栗ひ箸・1月10日

毎年暮れになると、実家の父から栗の枝を削って作った「栗ひ箸」が家族分送られてくる。その箸でお節を頂くのが、わが家の伝統となっている。多いときには親族30人分以上の箸を作っている。

その父から「今年は目が悪くて手元が見えんき、(箸先を)自分で削れ」と電話があった。父は昨年の春、脳梗塞を引き起こし右目を失明してしまった。幸い命に別条はなく、退院したその日から田植えの準備を手がけるほどの働き者。

しかし、年の暮れにはとうとう加齢で左目まで弱ってしまった。そうなってまで山から栗の枝を切り出し送ってくれた父に、感謝の気持ちでいっぱいになった。

「栗ひ箸」は、博多では「栗はい箸」というらしく、実家の福岡県うきは市ではなまって「栗ひ箸」となったようだ。

諸説あるが、耐久性・耐湿性が強い栗の木は、餅をのばしちぎるのに適していて「今年1年の家計がうまく繰り合わせがつくように」との意味が込められているという。また、「たぐってのばす」という意味の「繰り延(は)う」が語源になったとも。

送られてきた箸は、父の言葉とは違ってきれいに削られていた。

例年、子供の成長に合わせて大小さまざまに送ってくれる。娘はもう高校3年になるが、父にとってはいつまでも小さい孫なのか、今回も小さい箸のままだった。

私たち家族をはじめ、皆がこの1年も幸多かれと祈りをこめて作ってくれた箸だと、今更ながら気づかせてもらった。父の左目が少しでも回復することを祈りつつ、その「栗ひ箸」で新年のお雑煮を頂いた。

別府円香(47) 東京都町田市