話の肖像画

歌手・郷ひろみ(65)(8)厳しかった母、物静かな父

東京・大井町の国鉄官舎で家族と(右から2人目が本人)
東京・大井町の国鉄官舎で家族と(右から2人目が本人)

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《福岡県須恵町にある母、聖子さんの実家で、父、英夫さんとの長男として産声を上げた。「心が美しく、いろいろな意味で裕福に」との願いで、裕美と名付けられたという。幼少期は病弱だった…》

記憶にはないですが、体は弱かったみたいですね。でも乗り越えてきたから、ある意味で今、生命力があるのかなと思います。気をつけていることもありますけど、病気はないですから。かつての国鉄に勤務していた父親の転勤で4歳のとき上京して、大井町にある官舎に引っ越した。昭和30年代を象徴するその辺にいる男の子でしたよ、野放し状態の…。ただ母親からはことあるごとに、「筋を通さなきゃいけない」「あんた、九州男児だから」と言われていましたね。

とにかくしつけが厳しかった。食事のときに肘をつくとか、お箸の持ち方、茶碗(ちゃわん)の持ち方ですね。お箸で皿を動かしたらすごく怒られた。お箸を持つときの肘の角度のことでバーンとたたかれて「ハアーッ?」と思ったことがあったんです。ちょっと上げすぎると「肘、広げすぎなんだよ」と怒られ、狭めたら「狭めすぎ、45度だよ」って。そういうとき、ずっと茶碗を持たされていた。口ごたえすると頬をたたかれた。それくらい厳しかった。でも、何回も何回も言われているうちに少しずつ直っていくんですね。今、社会に出てみて分かるんです。厳しかった母親は大切なことを教えてくれたと。いくらお金を出してもしつけは買えない。どんなにお金持ちになっても買えない。プライスレスです。お金では買えないものを身につけさせてくれたんです。

母親は何もない、何も知らない自分に善しあしの判断がつくことを教えてくれた。それも最高のものを厳しく。これは最高の贈り物ですよ。人は最高を知っていると、落とすことができる。人は最高のものを知らないと、どうやってというのが分からない。たとえば友達と、あるいはそうでない人といるときには「違い」がある。言葉遣いや立ち居振る舞い、服装などTPOというか。これは最高のものを知っていないと対応できないんです。そこは本当に感謝しています。