【主張】東京五輪 今こそ「聖火灯す」覚悟を 後世の指針となる足跡残そう

 東京や神奈川など1都3県で緊急事態宣言の再発令が検討されている今こそ、日本の底力が問われている。国立競技場に「今度こそ、聖火を灯(とも)す」という強い意志を世界に示し続けたい。

 新型コロナウイルス禍で延期となった東京五輪は7月23日に開幕し、8月24日にはパラリンピックでも熱戦の号砲が鳴る。9月5日のパラ閉幕まで乗り切ってこそ、東京大会は「成功」したと胸を張れる。日本は「勝負の8カ月間」を迎えたと言っていい。

 ≪競技者の声が聞きたい≫

 新型コロナの変異種の国内流行も懸念される。今夏の五輪開催に批判があるのはやむを得ない。

 だが、思い出してほしい。2013年9月に東京大会の開催権を勝ち取ったときの高揚感は、日本中の人々の心を一つに束ねた。

 開催準備の中で、日本は障害の有無や老若にかかわりなく、誰もが暮らしやすい社会へと変わろうとしている。パラリンピックの大きな功績だろう。

 「おもてなし」は流行語になり、国民の意識は外に向けて開かれた。五輪の開催決定が、ボランティア文化の定着に果たした役割は大きい。19年秋のラグビー・ワールドカップ日本大会が「最高の大会」と賛美されるのは、国を挙げた訪日客の歓待が世界に認められた証しだ。

 五輪・パラには社会の形を変える力がある。その主役であることに、アスリートはもっと誇りを持ってほしい。

 昨年11月に東京都内で行われた体操の国際大会で、五輪2大会連続金メダルの内村航平は「国民のみなさんには、どうやったら(東京五輪が)できるか、どうにかできるように考えを変えてほしい」と切実な声を上げた。

 残念なのは、内村の訴えに続くアスリートがほとんど見当たらないことだ。観客を感染症の危険にさらしたくないとの思いは理解できる。開催を望む意思表示が、身勝手と受け取られることを懸念しているのも理解できる。

 だが、五輪開催は社会経済活動の活性化の延長線上にある。社会を覆う閉塞(へいそく)感を打ち破る上でも、アスリートが前傾姿勢を示すことには何の違和感もない。

 バドミントン男子のエース桃田賢斗は開幕まで200日となった4日、大会組織委員会の公式サイトで「自分のことだけではなく、バドミントン界のためにも金メダルを取らないといけない」とのメッセージを出した。

 桃田は5年前の不祥事で、一度は表舞台から姿を消している。社会奉仕活動と鍛錬の日々、昨年の事故で負った大けがを経て復帰を果たした。今年に入り、PCR検査で陽性となったのは残念だが、「再チャレンジ」を期す人々にとっては模範となろう。

 スポーツの力を体現する人が先頭に立ってこそ、五輪開催論も説得力を伴う。前向きな世論を喚起するためには、競技現場からの発信が不可欠だ。アスリートは大舞台で何を見せ、われわれの記憶に何を残してくれるのかを語ってほしい。スポーツの価値を守り抜く覚悟を見せてほしいのだ。

 ≪コロナ対策には万全を≫

 選手や大会関係者、観客の健康や安全が最優先されるべきなのは言うまでもない。960億円を充てる東京大会のコロナ対策費は、国と都が分担する。

 延期に伴う追加経費は2940億円となり、開催経費の総額は1兆6440億円に膨らんだ。組織委などには引き続き、経費削減に向けて取り組んでもらいたいが、感染防止策など必要な支出を惜しんではならない。

 昨年11月に行われた20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)は東京大会について、「人類の力強さと新型コロナに打ち勝つ世界の結束の証しとして、来年に主催するとの日本の決意を称賛する」とする首脳宣言を出した。

 その文脈からすれば、東京大会は「日本の五輪」という一国のイベントではなく、世界が結束して成功させなければならない祭典だといえる。聖火は世界の国々にとっての「希望の火」であり、日本が必ず灯すという意志を発信し続ければ、世界の賛同と協力は得られよう。

 「日本だからこそ開催できた」と後世の指針になるような足跡を残せれば理想的だ。日本の総力を挙げて開催準備を進め、興奮と感動の大会を作り上げたい。