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今の被災地の姿 見てほしい 「がんばろう!石巻」を書いた聖火ランナーの思い

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【東北を駆ける】宮城・石巻市の聖火ランナー 黒沢健一さん(49)

 今年7月に延期された東京五輪で、故郷の宮城県石巻市を聖火ランナーとして走ることになった。「震災から10年という年での開催。必然だったのかもしれない」。東日本大震災から10年を迎える節目の年で迎えるビッグイベント、さらには聖火ランナーとして地元を走ることに、運命を感じている。

■ ■ ■

 水回りのリフォーム、修繕などの業務を行う「黒沢配管工業」を経営。震災があった平成23年3月11日は石巻市に隣接する東松島市の顧客へ出向き、業務をしていたところに大きな揺れに襲われた。

 地震直後は、自宅があった石巻市南浜を車で目指した。混乱から何度も迂回(うかい)し、石巻工業港にさしかかったとき、目の前に津波が迫っていた。とっさに近くの松の木に上り、奇跡的に難を逃れた。「大丈夫」。たった一度、15秒だけつながった携帯電話で、妻はつぶやいた。

 「ガラスの破片がギラギラと光る、がれきの海だった」。発生翌日の故郷の光景に、思わず息をのんだ。妻を探し歩き、暗くなるころに、避難所でようやく妻と再会した。自宅は基礎だけを残し、すべて流されていた。それから3週間は、夫婦で取引先の会社に泊まる日々が続いた。

 地震発生から約1カ月後の4月10日。自宅跡地で板に文字を書いていた。「がんばろう!石巻」。津波ですべてが流された町、人々を「励ましたい」と思った。鉛筆で縁取りし、思いを託した文字をペンキで塗り上げた。

 「絶望しかない中で、何かしないといけないと思い、トラックで避難所に水を届ける活動をしていた。その中で、少しでも町、人々を元気づける言葉を書きたいと思った。俺たちも一緒に頑張るという思いもあった。とにかく、励ましたかった」

 看板を自宅跡地のそばに設置すると、涙を流しながら手を合わせる人々の姿を見かけるようになった。「元気づけられた」と声をかけられることもあったという。