勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(142)

巨人に勝った! 「ダチさん、やった」大輪の花咲く

第7戦、中沢捕手に飛びついて喜ぶ足立=後楽園球場
第7戦、中沢捕手に飛びついて喜ぶ足立=後楽園球場

■勇者の物語(141)

「どうする、なにをすればいい」。第6戦に敗れ宿舎へ戻るバスの中、上田利治監督は自問自答を続けた。選手に考える時間を与えてはダメだ。早くこの悪夢を忘れさせよう。たどり着いた結論が〝気分転換〟。宿舎ですぐにミーティングが行われた。野球の話は一切なし。

「みんな酒でも飲んでくれ。麻雀するのもええ。何でも好きなことをして、スッキリした気分で、またあした会おう」

そして今シリーズ初めて翌日の先発投手の名を明かした。

「あしたの先発は足立や。ダチ、頼むで」。そのとたん、落ち込んでいた選手たちの目に生気が戻った。ダチさんやったら巨人に勝てる…と。

◇第7戦 11月2日 後楽園球場

阪急 001 000 210=4

巨人 000 011 000=2

【勝】足立2勝 【敗】ライト1勝2敗

【本】高田①(足立)森本①(ライト)福本②(ライト)

同点の六回、無死一、三塁のピンチを迎えた。マウンドへ駆けつけた上田監督は足立の顔を見て驚いたという。

「まったく動揺のかけらもない。堂々と『監督、申し訳ないが1点だけください』というんや。ピンチに立っても足立の頭には計算ができとったんやろな。思わず『おお、1点でも2点でもええで』と答えた」。上田監督はこの試合のすべてを足立に懸けた。

4万5千人の観衆はみんな敵となった。「もっと騒げ、もっと騒げ」と足立はつぶやきながら投げた。土井を遊ゴロ。張本の一ゴロを加藤秀が悪送球して1点を失ったが、王を敬遠し満塁策。そして淡口を得意のシンカーで投ゴロ併殺。そんな足立にベテランたちが応えた。七回、森本が左翼へ逆転2ラン。そして八回には福本が右翼へ叩き込んだ。

足立は最後まで投げた。九回2死一、二塁で代打山本和を空振り三振。マウンドで両手を広げ中沢に飛びついた。「ダチさん、やった!」と福本が、加藤が、山田が駆けつける。歓喜の輪が〝大輪の花〟のようにどんどん大きくなった。

巨人に勝ちましたね-の問いに足立は笑って答えた。

「当分は巨人とシリーズで対戦できないと思っていたんだ。よかった。オレが元気なうちで…」(敬称略)

■勇者の物語(143)