朝晴れエッセー

うまい酒・12月29日

学生時代に、原付きバイクによる追突事故を起こしてしまった。弁償額は、数百万円。当時そんな額を払えるはずもなく、故郷の家族に電話した。

「働きながら、お金を返す。大学を辞めようと思う」

ときに言葉を震わせながら告げる私に、返ってきたのは、「大丈夫。何とかするから」という、家族の優しい言葉だった。

兄にも相談した。聞き役に徹してくれた後、一言、こう言った。

「今度帰るとき、うまい酒でも買っていってやれや」と。

数百万円なのに、酒の一升瓶…。それでも、その年のお盆に酒を買って帰ると、家族みんなが喜んでくれた。それがうれしかった。特に、じーちゃんは大の酒好きだ。

それからは、どんなに慌ただしい帰省でも、うまい酒だけは忘れずに買って帰るようになった。そして、帰省するたび、「また、こんな高ぇ酒買ってきて…」と笑顔で迎えてくれた。

いつからだろう。うまい酒を買って帰るのは、「たくさん迷惑かけた申し訳なさから」ではなく、「家族の笑顔が見たいから」なんだと気が付いたのは。

今年は、コロナ禍で一度も故郷に帰れていない。

みんな、元気でやっていますか。あの追突事故から16年。じーちゃんも94歳。また、とびっきりうまい酒を買って帰るから、家族みんなで一緒に飲もう。そして、また聞きたい、あの言葉。

「また、こんなうめぇ酒買ってきて…」

太田和樹 37 東京都足立区