大阪市西成区と聞いて、どんなイメージを抱くだろうか。生活保護受給者が多く、かつて暴動が繰り返されたこともあって、すさんだ街と思われがちだ。半面、あけすけな下町の空気も漂う。ここで介護医療事業と地ビール醸造などを展開するcyclo(シクロ)は、そんな西成らしさを凝縮したような企業だ。代表取締役の山崎昌宣(あきのり)さん(44)は、事業を通して「プライド」の大切さを知ったという。
(聞き手・編集委員 粂博之)
西成の「酒の専門家」をやる気に
一人暮らしの障害者や高齢者らへの医療介護サービスを主に手掛ける企業が、なぜビール造りに手を広げたのか。きっかけは罵詈雑言(ばりぞうごん)だった。ヘルパーや看護師に「お前にメシ食わしてんのわしらや」と言ってのける利用者。生活保護を受けながら朝から酒を飲んで「若いころのわしと比べたら、お前らの仕事ぶりはなってない」と毒づく人もいた。
「それなら、仕事をやらせたろ」と山崎さんは考えた。このまま言わせておけば、介護現場のやる気がそがれてしまうという心配もあった。仲間や利用者の家族らと相談し平成27年、カフェを運営することに決めた。西成警察署の近くにスペースを借りて週1回開店し、そこで働いてもらう。
山崎さんは「どうせ失敗するだろうと思っていました」。泣きついてきたときに、次のステップを考えようと算段していたら「カフェは成功したんです」。みんな生き生きと働き、お客がどんどん来た。
しかし、その繁盛ぶりが周囲の反感を買ってしまった。店先に人糞を置かれるなど嫌がらせが続き、やむなく閉店。カフェに置いていた本などをバザーに出して、その売り上げで焼き肉店に行って打ち上げをしておしまい、ということになった。打ち上げには15人ほどが顔をそろえたが、酔うと次々に不満を吐き出し、山崎さんに当たりだした。「ちゃんとした仕事を用意でけへんお前が悪い」。山崎さんは「本当にひどい詰められ方だった」と今も忘れられない責め苦に遭った。
そんな嫌な空気は、だれかの「わしら酒の専門家や。造っていたこともある」の声で変わった。「俺も」「俺も」と声が続いた。「酒を造らせろ」。山崎さんは「まず売ってみたら」と応じ、岡山県の酒造会社にオリジナルラベルでビール800本を発注した。自称・酒の専門家らに託すと、どこかしらに卸先を見つけてきては2、3日で売り切ってしまった。「その気になれば、仕事はできるし成果もあがる」。ビールがビジネスになる道筋が見えてきた。