「大人になっても褒められたい」「本を読みたいがどれがいいかわからない」-。JR大阪駅前の商業施設「ルクア大阪」(大阪市北区)が開く、日常に潜む小さな悩みを集めて、解決策を探るイベント「妄想ショップ」が好評だ。ルクアでは消費者の悩みと、解決策を持った人や企業をマッチングする事業も始めた。単にモノを売るだけではない。人の心を満たす新しいサービスは、インターネット通販の台頭に押され気味の実店舗の生き残り策のヒントにもつながりそうだ。
(北村博子)
その疲れ流します
「駐車場を持たない銭湯が多いので、仕事帰りに車で立ち寄れないのが悩み」
11月、ルクアに隣接するルクアイーレで3日間限定の妄想ショップ「銭湯案内所」が開業した。富士山の絵や脱衣所の棚などで銭湯の雰囲気を演出した会場に、大阪府内にある24の銭湯から店主らが集まり、訪れた人にぴったりの銭湯を紹介した。
駐車場のある銭湯を捜していた30代男性はお目当ての銭湯を教えてもらって満足そう。そのうえ「ボージョレヌーボーの解禁日にワイン風呂にする銭湯の情報も聞けた」と笑顔を見せた。また兵庫県明石市から家族で訪れた女性は「1歳の息子も楽しめる子供用プール付きの銭湯があるみたい。男の子が女湯に入れる年齢などわからないことも多くて」と話した。会場にはルクアの客層である20~30代はもちろん、中高年の姿も目立ち、期間中、約160人が集まった。
SNSで悩みを受信
ルクアでは昨年から今年にかけて12の妄想ショップを期間限定で展開した。企画したのはルクア大阪を管理運営するJR西日本SC開発の北野貴大さん(31)と大垣晃子さん(36)のコンビだ。
ルクアが活用する会員制交流サイト(SNS)の利用者たちとコメントなどを通じて交流するうちに、それぞれが日常に悩みや愚痴を抱えていることに気づいた。2人はそれらを「ため息」と呼び、「ため息を解決するお店ができないか」と企画したのが「妄想ショップ」という。
2人はツイッターやインスタグラム、フェイスブックなどについて「発信ではなく受信メディアと捉えている」と強調する。通常、企業はSNSを宣伝のための発信の場と捉えるのとは逆の発想だ。実際、SNSで「ため息」を募集すると、「こんなに集まるのかというくらい集まった」(北野さん)という。
「私の魅力ってなんだろう」「毎日が退屈なわけではないけどあまり驚くこともなくなった」「お洋服はいっぱいあるのにワンパターンなコーディネートになってしまう」
受け取った悩みを解決しようと、北野さんたちは妄想を働かせた。その後、解決策を持っている人や事業者を見つけて、妄想ショップとしてイベント化。これまで開店したのは、ひたすら褒めてくれる「ほめるBar」や自分の魅力に気づかせてくれる「キャッチコピー相談所」、イライラを癒す「ひといき保健室」など。企業側のビジネスアイデアより、消費者の悩みに軸足を置く発想が「日本らしい」として、海外のメディアからの取材も受けた。
買い物だけじゃない
新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、インターネット通販の利用者が急増している現代。実店舗である商業施設には買い物だけでは解決できないサービスも求められているという。北野さんは「(妄想ショップに)未来の売り上げのヒントがあるのかもしれない」と考える。
出店に興味を持つ企業や会社などを集めやすくするため今年8月には社内に「トキメキ事業部」を新設した。消費者の悩みと解決する事業者をマッチングさせ、妄想ショップ開催などで、新しいサービスや商品を創り出したい考えだ。
妄想ショップの取り組みを知って、いち早くラブコールを送った人もいる。昨年、「お坊さん喫茶」を手掛けた僧侶、霍野廣由(つるのこうゆう)さん(33)だ。消費者のため息、悩みを解決して「社会のお役に立ちたい」として出店を申し出た。会場では24人の僧侶仲間が3日間で200人以上に対応。来場者アンケートでは「お寺へ相談に行くのは勇気がいるけどルクアなら行きやすい」と答えた人が多く、ニーズの高さも感じたという。「恋愛から病気の話までさまざまな相談があったが、受け答えの勉強にもなり、社会的な役割があることを実感できてモチベーションにつながった」と霍野さん。
北野さんも「家族や友人にも言えなかった悩みを相談できてすごくよかったとお客さんも喜んでくれて、いい成功事例になった」。さらに「普通に商業施設を運営していたら僧侶と関わることもなかった。妄想ショップは僕たちの可能性も広げてくれる」と手応えを感じている。
トキメキ事業部では、現在はイベントとして期間限定で設置している妄想ショップの中でも、人気の高いものなどについては常設化も検討している。
年明けには次の妄想ショップ開設に向けた、新たなため息集めが始まる。新たな「トキメキ体験」に注目が集まる。