美村里江のミゴコロ

極寒の川原デートで気付いたこと

「高望みし過ぎると難しい」という婚活テーマのコラムをたびたび見かける。それらを読むたび、私は実体験から「自分が望む本当の条件が実はわかっていない可能性」を思う。

お恥ずかしながら2度結婚したが、未婚時の考えと実際に結婚を経た後では、視点が大きく変わってくる。バツイチの人々に尋ねてみると、共感を得ることが多い点だ。

私の初婚の動機は「クラシック好きの母が喜ぶかな」というのが大きかった。結果は大失敗の部類だろう。現実的問題の早期発見は前提として、自分の幸福や感性を、もっと真剣に深く考える必要があったと思う。考えているつもりでも、それは周りから耳打ちされたことや、それこそ何かの本で読んだことが基になっていて、私のオリジナルではなかった。

時は流れて、現在の夫と2、3度目のデート中。ビル9階の喫茶店の窓際で、飛翔(ひしょう)するカナブンを見つめていた。目的もなくホバリングするには長過ぎるので、「ビル風の影響かな」という会話の後、「この子、ちゃんと戻れるかな」と心配になり、さらに見守ること20分。カナブンは無事にじわじわと下降していった。

そこから数カ月後、寒風吹き付ける河原でわれわれは石を拾っていた。小さい頃からの趣味を私がリクエストしたのだ。

いい石はそこそこ見つかったが、いかんせん寒過ぎた。1時間後、川沿いのうどん屋で夫はみそ煮込みうどん、私は九条ネギとカキの鍋焼きうどんを注文。強風でお互いに髪はボサボサ、鼻は真っ赤。「失礼」とひと言いって横向きでそっとはなをかんだ夫は、私へ向き直って「いやぁすごい寒さで面白かったねぇ、またやろう」と笑った。こののんびりした姿が良かった。

「生き物に興味を持って、何十分でも観察できる」「石拾いも楽しくできる」。私の本当の希望はこの辺りだ。生活の安定は当然大事だが、人生には落とし穴がある。どんな環境に陥っても楽しさを見つける夫の存在は、とてもありがたい。

にぎやかな大人数のイベントは難しい今年のクリスマス。結婚に限った話ではなく、自分の本当の望みは何か、ゆっくり考えてみるのはどうだろうか。よその幸せはわからないが、わが家は感染症対策を考えつつ、今年も防寒着で河原へ向かう予定だ。