勇者の物語

どちらが「兄」 広島時代の同僚「兄弟シリーズ」 虎番疾風録番外編129

決戦を前に握手する上田(右)と古葉両監督=西宮球場
決戦を前に握手する上田(右)と古葉両監督=西宮球場

■勇者の物語(128)

阪急-広島の日本シリーズは『兄弟シリーズ』といわれた。

上田利治監督と古葉竹識監督は11年間、広島でチームメート。球団同士の交流も活発で選手同士も親密。長池徳二が池谷公二郎に「お前は投げる球種によって投球フォームにクセがでる。それを直さないと巨人には勝てんぞ」とアドバイスしたという。だが、どちらが「兄」かは微妙だった。

古葉は昭和11年4月生まれ。上田は12年1月の早生まれで2人は同学年。熊本・済々黌高-専修大(中退)-日鉄二瀬から33年に広島へ入団した古葉に対し、上田は徳島・海南高-関大から34年に広島入り。入団年次からいえば古葉が先輩。選手としての実績も文句なく古葉が上。38年、長嶋茂雄と首位打者争いを演じ、39年には57盗塁で「盗塁王」。一方の上田はわずか3年で現役を引退した。

ただ、25歳でプロ野球最年少コーチとなった上田は、同世代の選手にも臆せず厳しく指導し、チーム内では常に上田が兄貴的な存在。いつしか古葉も上田コーチを「ウエさん」と敬語で呼ぶようになっていたという。

そんな2人が監督になって相対した日本シリーズ。初戦から火花が散った。

◇第1戦 10月25日 西宮球場

広島100 010 010 00=3

阪急300 000 000 00=3

【本】大熊①(外木場)マルカーノ①(外木場)

勝負は八回。広島はホプキンスの左翼二塁打と山本浩の右中間三塁打で同点。1死後、シェーンが四球で歩くと広島ベンチは代打に山本一を送った。

「山本一を出せば山口が来るのは分かっていた。足立-山口と阪急の二枚看板を引っ張り出して初戦を取れば、阪急は潰れる」。古葉監督は勝負を掛けた。

上田監督も受けて立った。「ここで逆転を許せば広島を調子づかせてしまう。それが一番怖い。迷いはなかった」と山口をマウンドへ送った。

勝負の決着は一瞬でついた。投球練習の1球目、山口が投げ込んだ速球に「速い」と山本一が圧倒されたのである。山本一のバットはかすりもしない。3度とも空を切り三振。続く三村も同じ。どちらが「兄」-の決着は、第2戦以降に持ち越されたのである。(敬称略)

■勇者の物語(130)

会員限定記事会員サービス詳細