【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】「江川騒動」後編-当たりクジはなぜ、阪神に…(1/5ページ) - 産経ニュース

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「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記

「江川騒動」後編-当たりクジはなぜ、阪神に…

【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】「江川騒動」後編-当たりクジはなぜ、阪神に…
【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】「江川騒動」後編-当たりクジはなぜ、阪神に…
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 「あちゃあ、江川やがな!」と気が動転する阪神・岡崎義人球団代表の顔は蒼白(そうはく)に…。阪神は10日に巨人から金銭トレードで獲得した山本泰寛内野手(27)の入団発表を行いました。阪神と巨人のトレードは極めて珍しく、両球団の長い歴史の中でこれが5例目。伝統ある両球団の最初のトレードこそ1979年(昭和54年)の1月31日に突如発表された阪神・江川卓と巨人・小林繁のおきて破りのトレードでした。前回のコラム(6日アップ)では41年間、語られなかった江川事件の闇を書きましたが、今回は阪神・江川を瞬間的に誕生させた立役者岡崎球団代表のたった1回だけの大放談を書きましょう。

「江川る」の新語も

 晴れやかな表情で球団本部プロスカウトの木戸克彦部長からTHマークの帽子をかぶせてもらう山本。背番号は「00」で推定年俸は1800万円です。金銭トレードで巨人から移籍した山本は「ジャイアンツにいた頃は(阪神に)負けたくない気持ちでやっていた。今度は逆の立場。ジャイアンツを倒して優勝できるように頑張りますので、熱い声援をよろしくお願いします」と笑顔で抱負を語っていました。

 阪神と巨人の長い球団史の中でもわずか5例目の両球団間のトレードですが、阪神と巨人の最初の交換トレードはこんなに明るく、爽やかな発表ではありませんでした。41年前の1979年の1月31日に突如発表された阪神・江川と巨人・小林のおきて破りのトレードは日本球界のみならず、全国民が驚き、批判(逆に喝采した人も…)し、巨人や江川の横暴?があらゆる角度から厳しく批評されました。ごり押しをしてわがままを通すことを「江川る」という新語まで世間では流行?しましたね。