【話の肖像画】東京五輪金メダル1号、重量挙げ・三宅義信(81)(1)最後まで己との闘い

(桐山弘太撮影)
(桐山弘太撮影)

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《2回目の東京五輪が行われるはずだった令和2(2020)年が終わろうとしている。三宅さんは前回、昭和39(1964)年の東京五輪で日本勢の金メダル第1号となり、五輪には4大会連続で出場、引退後は指導者として多くの選手の育成に関わった。それだけに、新型コロナウイルスの感染拡大での1年延期に直面した後輩たちに心を痛めている》

必死になって五輪切符を獲得した選手や、年齢的に今年の東京で最後だと決めて取り組んできた選手にとっては、本当に気の毒だと思いました。自国開催の五輪は特別。そのために努力をしてきたのだから。

選手のことを56年前の東京五輪で24歳だった自分に置き換えると、大会前は極限まで心身を鍛え、計画通りに肉体を仕上げていく。だから延期なんてことがあったら、計画が大きく狂って落胆しただろうし、競技を辞めることも考えたかもしれない。それでもやはり、東京五輪で勝たなければいけないという使命感に駆られ、最終的には五輪がいつ来てもいいように、と心構えをしていたんじゃないかな。

こうなったら焦ってはいけない。諦めてもいけない。素直な心で練習に励むことが、五輪を迎える選手にとって大切なんです。天から与えられた宿命として、今の選手たちにはこの困難を乗り越えてほしいと願っています。

《ぐいっと肘を曲げると力こぶ。今でも自宅2階に設けたトレーニング室で週3回、肉体強化を続けている》

練習ではだいたい40キロぐらいのバーベルを上げています。生きているうちに、また東京で五輪が開催されることが決まって、それはそれはうれしくて。自分も大会を盛り上げてやろうと、今はマスターズの世界大会を目指しているんです。100歳まで生きるためには運動が必要だしね。