【記者発】切って足す 映画「鬼滅」の魅力 整理部・森山志乃芙 - 産経ニュース

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切って足す 映画「鬼滅」の魅力 整理部・森山志乃芙

 正直に言えば、新型コロナウイルスの感染拡大がここまで続くとは思わなかった。かれこれ1年近く休みの日はほぼ引きこもっていることになる。自分が外出しないことで1人分「密」が減ると思えば社会貢献をしているようでさして苦にならないが、さすがに飽きた。とはいえ長時間出かけるのも気がとがめ、行ってきたのが映画「劇場版『鬼滅(きめつ)の刃(やいば)』無限列車編」である。

 吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)氏の原作は、山口貴由(たかゆき)氏のように癖になる言葉遣いと緩急の妙、諸星大二郎氏のように神話や伝承を踏まえ取り込み紡がれる伝奇ロマンが好きで読んでいたが、映画にはあまり期待していなかった。原作に思い入れがあるほど映画化には良い思い出がない。良かったのは筒井康隆氏の「パプリカ」(今敏監督)くらいで、冗舌な原作と平沢進氏の音楽を見事に溶け合わせていたが、こんな幸福な例外はそうない。

 が、この「無限列車編」には裏切られた。良いほうにだ。

 わがことに寄せて恐縮だが、整理記者はまず「切る」ことを学ぶ。不要な言葉を切り詰め見出しをつけ、1枚の紙面の中で重要度が一目で分かるようレイアウトする。それはどこか漫画のコマ割りに似ている。そして、切ることはできても「足す」ことはとても難しい。何かを足すことでニュアンスや本質が変わる恐れがあるからだ。

 けれどこの映画は巧みに魅力を「足し」て見せてくれた。

 一例を挙げれば、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)が父に「炎柱」拝命の報告をする際、刀を右に置いたことだ。刀は左腰に差すため左に置くのが自然に思えるが、だからこそ抜刀に一手間かかる右に置くことで敵意のなさと敬意を示すと聞く。原作にはない絵で一瞬のことだが、代々炎柱を輩出した名家の長子である彼の人となりを的確に表している。

 深く読み理解し細部まで心を配ってようやく、正しく人に伝わるのだと教えてもらった気がした。

 「鬼滅の刃」の原作は先日最終巻が発売された。カバー下の絵と第1話のラストシーンを見比べた方もいるだろう。雪の降り積む冬に始まった兄妹の物語は、桜咲く春に終わった。鬼のいる「夜は明ける」、必ず春は来るのだと。

 この言葉を胸に、コロナ禍の冬を乗り切りたい。

【プロフィル】森山志乃芙

 平成14年入社。東京本社整理部、大阪本社整理部などを経て、27年から東京本社整理部。本紙の見出しにつけた「魔の2回生」は29年の新語・流行語大賞のトップテン入りした。