復興日本 序章 コロナと災害

(中)画面越しでも思いは伝わる

 震災以降、毎週末のように宮城県女川町に通っていたある日の夕暮れ。津波で横倒しになった「江島共済会館」を見ている人がいた。大阪から来たというその人に、夫妻は「もともと4階建ての建物だった」と話しかけた。相手の驚いた様子が印象に残った。

 「ここで何が起きたか伝える人が誰もいない。何が起きたかを伝えなくてはいけない」。強く思ったという。

 女川で1人1人に話しかけることが「伝える」ことの始まりだった。27年には支店跡地近くの高台に花を植え、慰霊碑を立てて、訪れる人と話した。その活動は年間で70回にもなった。伝承の輪は全国に広がり、講演などの依頼も舞い込んだ。「伝えることは息子と向き合うこと。この活動から多くの出会いがあり、元気や勇気をもらった」と弘美さんは話す。

 昨年11月に一般社団法人「健太いのちの教室」を設立したが、新型コロナウイルスの感染拡大のあおりで、活動は一変した。女川を訪ねることはままならず、今年6月、オンラインで伝承活動を再開した。

 9月には、企業の経営者からの依頼を受けて、オンラインで講演した。

 「同じような犠牲を繰り返してほしくない」と、企業防災のあり方を伝えたい夫妻にとっては、願ってもない機会だった。

 震災から間もなく10年。江島共済会館も七十七銀行女川支店もすでに取り壊され、町の様子はすっかり変わった。復興と記憶の風化は隣り合わせだ。だからこそ、伝え続けていかなければと思う。

 「健太と3人でやっている活動なんだなと、最近思えるようになってきた。やれることを一つずつ。10年、さらに10年。生きている限り伝えていきたい」

新たな施設…伝承の意義再確認

 震災の伝承に関わる個人や団体が集まる「3・11メモリアルネットワーク」は、コロナの伝承活動への影響を調査した。4月初めの時点で、キャンセルは30の団体・個人で計9235人に上った。語り部の講演や震災伝承ツアーへの参加者数は3~5月、前年の5・1%にとどまった。

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