ビブリオエッセー

何事も命懸け。気骨の快男児 「俄(にわか)-浪華遊侠伝」司馬遼太郎(講談社文庫)

過日、大阪都構想は反対多数の民意によって幻夢となった。もし司馬遼太郎が存命なら、この騒動を何と評しただろう。ぜひ聞いてみたかった。あるいは、筆を執ることすらしなかったかもしれない。

物語の舞台は大坂から大阪へ、時代が大きく動く幕末から維新。主人公、明石屋万吉はここで名を馳せた浪華の大侠客である。とはいえ、ただのやくざ者ではない。米相場の高騰を抑えるため不正を黙認する会所へ殴り込みをかけたり、奉行所の役人と結託して砂糖の密輸入で巨利を得ていた悪徳商人たちの腐敗を糾す。命懸けで悪事を暴き、まさに「弱きを助け強きを挫く」義侠を地で行く一生を貫いた。

動乱の幕末。大坂の町の治安維持を幕府より命じられた播州小野の小藩、一柳家は、厳しいお家事情の打開策として万吉を士分に取り立て子分ともどもその任に就かせた。もっとも頼み込んで首を縦に振らせたわけだが、これも前代未聞だ。以後は「小林佐兵衛」を名乗る。

その頃、攘夷志士を自称する各地の浪人たちが商家に押し入り、金品を強奪する「御用盗」が京大坂で相次いだ。万吉は彼らを相手に奉行所や町人らと連携し大捕物も演じている。

一事が万事、万吉は命懸けである。やくざ者には「異常にこわがりな連中が多い」と司馬は言う。侍もまた「命を落とすことがこわい」。だが万吉は違う。小春を嫁にする時も、自分が死んだら「万吉めも死にくさったかとさらさらと笑い、あくる日からけろっと忘れてくれるような嫁がええ」という調子なのだ。

長州藩士を匿ったと新選組に命を狙われたり、活劇はさらに続く。時代が明治と改まっても、私利を忘れて慈善事業や社会福祉に心血を注ぎ、万吉の気骨が揺らぐことはなかった。

大阪府八尾市 松村翔太(34)

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