「納得できない」怒りあらわ 強制不妊訴訟原告ら会見

記者会見にのぞむ原告の夫婦=30日午後、大阪市北区(寺口純平撮影)
記者会見にのぞむ原告の夫婦=30日午後、大阪市北区(寺口純平撮影)

 国に賠償を求めた原告の訴えは、またも届くことはなかった。旧優生保護法下の強制不妊手術をめぐる3例目の司法判断となった30日の大阪地裁判決。原告の2人が判決後に大阪市内で記者会見を開き、請求棄却の判断に「20年が過ぎたから賠償請求ができないというのは納得できない」と怒りをあらわにした。

 いずれも聴覚障害のある80代夫と70代妻の原告夫婦は、この日法廷で判決を聞いた。手話通訳を介して主文の内容を理解し、表情をこわばらせた。

 判決などによると、夫婦は昭和49年、病院で胎児に異常があるといわれた。妻は帝王切開の際に、知らぬ間に不妊手術を受けさせられた。胎児は死亡した。

 手術から45年余り。「そのままの体でいさせてほしかった」。妻は会見場の報道陣に悲痛な表情を向けながら、「(旧法は)差別的な法律。もう誰にも(望まない)手術をしてはいけない。(さらに)私たちの訴えを司法の場で考えてもらう機会がほしい。控訴したい」と訴えた。

 夫も「裁判所は私たちの障害を理解しないままではないか。司法アクセスが制限されている私たちに対し、20年を理由に賠償請求権を認めないのは障害者差別だ」と非難した。

 もう一人の原告の女性(77)は、15歳で日本脳炎を患い後遺症で知的障害となり、昭和40年ごろ不妊手術を受けさせられた。この日法廷に姿は見せなかったが、姉が「妹は長い間苦しんだ。請求が認められず大変残念に思う」とのコメントを出した。

 弁護団の辻川圭乃(たまの)弁護士は「戦後の障害者差別を作った」と旧法を批判。「判決が旧法の違憲性を認めるのは当然で、人道的問題があるとしながら、賠償請求を認めない判決には強い憤りを感じる」とした。