揺れ動く「性差の日本史」 歴博展に大きな反響 その理由とは

重要文化財 柄杓を持つ女性埴輪 栃木県甲塚古墳出土 6世紀後半 下野市教育委員会蔵
重要文化財 柄杓を持つ女性埴輪 栃木県甲塚古墳出土 6世紀後半 下野市教育委員会蔵

 男女の区分はどのように生まれ、どう変化していったのか-。「ジェンダー」に注目して日本の歴史をひもとく企画展が、大きな反響を呼んでいる。千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館(歴博)で開催中の「性差(ジェンダー)の日本史」だ(12月6日まで)。新型コロナ対策のため現在、入場は事前予約制となっているが、既に土日の予約枠は埋まり、図録も異例の増刷を重ねるなど注目を集めている。

圧倒的な「遅れ」

 <とても面白かった!>

 <時代が進むごとに不平等→平等に進んだわけではない…とか学びが多い>

 <巡回はしないのか…>

 同展については開催前からSNS上で話題になり、おおむね好意的な反応が目立つ。実際に行くと、歴史が好きな中高年のみならず、若い男女の来場が多い。

 「正直、驚いています」。この展示プロジェクトの代表を務める歴博の横山百合子教授も、想定をはるかに超える反響だという。プロジェクトには館内外の専門家20人以上が参加。これまでの女性史研究の成果を広く発信するのが主な目的だ。

 そもそもジェンダーとは、文化的・社会的に作られる性差のこと。同展は、日本史における性差の変遷を「政治空間」「仕事とくらし」「性の売買」の3つの側面から、重要文化財など280点を超える資料で追ってゆく。開館以来37年、歴博でジェンダーを本格的に扱う企画は初めて。国内でも画期的な試みだ。

 「『国立博物館がジェンダーを? 攻めてますね』なんて言われますけど、海外の博物館では既に、常設展示の中に当たり前のようにジェンダーの視点が取り入れられている。その意味で、日本の博物館は海外に比べて圧倒的に遅れている」と横山教授。「国際的観点からも、国立の博物館としてふさわしい内容を提供できないかと考えました」

戸籍から始まった

 日本で性差はいつ誕生したのだろう。

 栃木県下野市にある前方後円墳、甲塚(かぶとづか)古墳から出土した男女の人物埴輪(はにわ)群像が会場に並んでいる。女性は柄杓を持ち、機(はた)を織る。男性は鍬(くわ)を担いだり馬をひいたり、役割は違えど男女で協働していた様子がうかがえる。ただしこの埴輪群は女性中心の構成になっており、被葬者は女性首長の可能性が高いという。

 古代といえば邪馬台国の女王、卑弥呼を思い出すが、当時の日本社会は男女が政治に参加し、弥生後期から古墳時代前期にかけては女性首長も多かった。特に前方後円墳の時代には、女性首長が全体の3~5割いたと推定されるそうだ。

 転換点は7世紀末。中国にならった律令制度の導入がきっかけだ。律令国家は戸籍を作った。戸主(男性)が税(調庸)と兵役を差し出す責任を負ったため、男女の性別を把握する必要があったためだ。さらに、律令法の父系原理・男性優位のシステムは徐々に日本社会に浸透していき、女性の労働や政治的役割は見えにくくなってゆく。

 男女官人がともに奉仕する古代を経て、中世の女性官僚は「女房」として御簾(みす)の向こう側の存在となるが、鎌倉時代の北条政子のように夫の死後、家長権を握り、政治力を振るった女性もいる。「また男女格差の激しい江戸時代、『大奥』などテレビドラマが描くのは閉じられた、ドロドロした女の世界ですが、近年は将軍や大名の妻、奥女中らが果たした政治的機能や、奥で働いた男性のことも研究が進んでいます」と横山教授。奥の女性は意外としたたかに動いていたのかもしれない。

 近代日本は女性を政治の場から排除し、今も政界財界の男女格差は大きい。だが長い歴史を振り返れば、その差は広まったり縮まったり、揺れ動いてきたことがわかる。

「最古の職業」も考察

 今回の展覧会が注目された理由の一つは、「性の売買」を歴史的にひもといているからだろう。まず、巷(ちまた)でいわれる「売春は最古の職業」は当てはまらない。なぜなら婚姻関係そのものが緩やかだった古代日本では、性を売買する概念がなかったというのだ。平安中期になって性を売る遊女が現れるが、彼女たちは売春だけでなく、歌や舞などに長(た)けた芸能のプロであり、宿屋経営も兼ねた自営業者として女系で継承したという。社会的地位も決して低くなかった。

 遊女が商品になったのは近世だ。江戸幕府は人身売買による売春を公認。遊郭を支える金融ネットワークもできるなど、一大産業に。明治に入り芸娼妓(しょうぎ)は開放されるものの、負債で逃れられない女性も多かった。自由意思という建前のもと、公娼制度は継続され、「自ら売る」女性への蔑視が進んだという。遊女が書いた手紙や売春関連の資料、娼妓が使った用具などから、その過酷さが伝わってくる。

「変わる」という希望

 あくまで学術的であり、センセーショナルな内容ではない「性差の日本史」展はなぜ、幅広い層をひき付けたのだろうか。

 「ジェンダーの長い歴史をたどりながら、社会における女性(男性)の位置を、自分事として見つめた人が多かったのではないか。今も(性差をめぐって)悩みやモヤモヤ、生きづらさを抱えている人はたくさんいるでしょうし、コロナの影響で景気が悪化すれば、どうしても弱い人に圧がかかる」。横山教授は背景をこう分析しつつ、言葉を継ぐ。「でも歴史を振り返ると、私たちが不変で固まっていると思っている観念や制度、社会構造も、時代によって変わり得るのだとわかる。そこに希望を感じてほしい。(展示が)より良い社会に向けて考えるヒントになればうれしいです」    

(文化部 黒沢綾子)

 「性差の日本史」展は12月6日まで。月曜休。一般1000円、大学生500円。入場はオンラインによる事前予約制。詳細は同館の公式サイト(https://www.rekihaku.ac.jp)へ。

会員限定記事会員サービス詳細