児童虐待~連鎖の軛 第3部③

直面する「自立の壁」 ユーチューブで経験発信

壮絶な虐待を乗り越え、経験を発信する当事者活動を行うブローハン聡さん=さいたま市浦和区(小松大騎撮影)
壮絶な虐待を乗り越え、経験を発信する当事者活動を行うブローハン聡さん=さいたま市浦和区(小松大騎撮影)

「ハゲワシと少女」。内戦が続くスーダンで撮影された写真の表題だ。やせ細り、うなだれる少女を狙うようにハゲワシがじっとたたずむ瞬間をとらえ、1994年に米国の優れた報道をたたえるピュリツァー賞に選ばれた。

14歳の少年だったブローハン聡さん(28)は、身を寄せていた東京都内の児童養護施設で、この写真を紹介するテレビ番組を見ていた。虐待を受けて、高校卒業まで暮らしたこの施設は安心して眠れたが、心の中は孤独で、将来にも希望を持てずにいた。それでも、この写真を見て気が付いた。「少女にはない生きるチャンスが僕にはあるじゃないか」

「権力者」からの虐待

フィリピン人の母と日本人の父の間に生まれた。2人は籍を入れておらず、認知もされなかった。4歳の時、母は養父となる別の男性と結婚したが、次第に養父から虐待を受けるようになった。殴る蹴るだけでなく、包丁で脅されたり、水風呂に入れられたりすることもあった。養父のことを「世界一の権力者」だと思いこんでいた。

虐待が表沙汰になったのは11歳のとき。尻をライターであぶられ、やけどで椅子に座れないことに教師が気づいた。「バレた」。安堵(あんど)感より先に抱いたのは「母親にも危害が及ぶかもしれない」との恐怖。児童相談所に一時保護され、児童養護施設に入った。