恋愛対象は「特定の異性」→「特定の相手」 9年ぶり改訂「新明解国語辞典」が映す日本の「今」

9年ぶりに改訂された三省堂の「新明解国語辞典」第8版。コロナ禍で広がった「テレワーク」も新たに収録された(酒巻俊介撮影)
9年ぶりに改訂された三省堂の「新明解国語辞典」第8版。コロナ禍で広がった「テレワーク」も新たに収録された(酒巻俊介撮影)

 SNSの浸透、多様な性、コロナ禍…。変動期にある日本社会の姿を、日常で使われる語を説明する国語辞典も映し出している。9年ぶりに改訂され、19日に発売された三省堂の『新明解国語辞典』第8版(3100円+税)が収めた新語・新項目は約1500。「IOT」「テレワーク」などの新語はもちろん、語の意味や用法の広がりからも時代の変遷が見えてくる。(文化部 海老沢類)

言葉が増えた10年

 『新明解国語辞典』はユニークで踏み込んだ語釈(語句の意味の説明)で知られ、前身の『明解国語辞典』(昭和18年創刊)以来の累計部数は2200万部に上る。前回、9年前の改訂では約1000の新語・新項目が加わったが、今回はそれを大きく上回る規模となり、総収録項目数は約7万9000を数える。

 「国語辞典は言葉の記録であり、時代の記録でもある。多くの自然災害があり疫病の流行もあり、社会で使われて定着する言葉が増えたのがこの10年。結果的に大幅な改訂になった」と三省堂辞書出版部長の山本康一さんは話す。新語にはやはり「エッセンシャルワーカー」「クラスター」「テレワーク」「ロックダウン」といったコロナ禍で広まったものが目立つ。

 山本さんは「辞書への採録にあたっては『定着する』という見通しが必須要素」としつつも、「コロナ関連語は社会へのインパクトからも看過できない。後年から見た場合、2020(令和2)年当時の文献には頻出することになるので、日常の使用語彙ではなくとも『理解語彙』としては必要になる」と説明する。

「異性」でなく「相手」

 一見目立たない語釈や用例の細かな記述からも時代の変化が鮮明に浮かぶ。「LGBT」が新たに収録されたように、今回の改訂では「多様性」がキーワードの一つとなっている。

 例えば「恋愛」の説明。恋情を抱く相手について〈特定の異性〉としていた第7版の記述を〈特定の相手〉に改めた。性的少数者への理解の広がりや性的な役割分担の多様化を反映した変更だ。実際、「男」の項目でも〈狭義では、弱い者をかばう一方で、積極的な行動を持つなどの、伝統的・文化的価値観から評価される特質を備えた男性を指す〉と、いわゆる「男らしさ」を強要しないような補足説明が加えられている。

 SNS社会を実感させる改訂も少なくない。無料通話アプリ「LINE」の普及を受け、「スタンプ」の項目にはゴム印や消印などのほかに〈(SNSで)相手とのやりとりの中で使うイラストなどの画像〉という意味が登場。また、「聖地」の項目にはアニメファンの「聖地巡礼ブーム」が広がる中〈ある物事に強い思い入れのある人が訪れてみたいとあこがれる、ゆかりの場所〉という記述が加わった。

「忖度(そんたく)」に補足

 一方で、最近の政治情勢を反映した記述も。3年前に流行語となった「忖度」には〈近年、特に立場が上の人の意向を推測し、盲目的にそれに沿うように行動することの意で用いられることがある〉という説明が追加された。米のトランプ政権下で問題視された「分断」にも〈一つながりのものを、ばらばらに切り放す〉という意味だけでなく、〈社会の-(分断)を危惧する〉という使用例が添えられた。

 少子化などの影響で紙の辞書の市場は年々縮小している。出版科学研究所によると、平成27年には約35億円あった「事典・辞典」の推定販売金額は昨年は27億円に。この5年間で2割以上減った。その一方で、SNS上では言葉の暴力が社会問題に。またコロナ禍で広がったテレワークではメールなどの文字によるコミュニケーションの重要性が増し、言葉の正しい意味や使い方への関心が高まることも予想される。

 三省堂の山本さんは「辞書は、当たり前の言葉について一度立ち止まって考えるためのものでもある。言葉が正しく伝わらないことから起こる衝突や、SNS上などでの言葉の暴走を食い止めることにもつながれば」と話す。