出版不況が加速? 波紋呼ぶ図書館本「ネット送信」案の行方 - 産経ニュース

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出版不況が加速? 波紋呼ぶ図書館本「ネット送信」案の行方

出版不況が加速? 波紋呼ぶ図書館本「ネット送信」案の行方
出版不況が加速? 波紋呼ぶ図書館本「ネット送信」案の行方
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 図書館の蔵書や資料の一部分のコピーを利用者がメールやファクスで受け取れるようにする-。文化庁のワーキングチーム(WT)がこのほど、コロナ禍での図書館利用の新たな在り方などを示す報告書をまとめた。こうした議論をベースに、政府は年明けの通常国会で著作権法改正案を提出する方針。実現すれば、自宅のパソコンやスマートフォンで閲覧できるようになるが、出版不況に苦しむ出版業界からは「さらに本が売れなくなる」と懸念の声が上がっている。(文化部 油原聡子)

「資料が入手できない」

 議論のきっかけは、今春の新型コロナウイルス感染拡大による図書館の休館だ。「資料が入手できず、調査研究に影響が出ている」として、研究者らが、デジタル化資料の公開範囲拡大や非来館型の貸し出しサービスを要望していた。

 政府の知的財産戦略本部は5月に決定した計画で、図書館蔵書のデジタル化・ネットワーク化の方針を盛り込んだこともあり、文化庁は今夏、WTを設置して議論を始めた。

 著作権法により、図書館の蔵書は、調査研究目的に限り、著作物の一部をコピーすることが可能だ。利用者に対してメールやファクスで送ることはできず、一部の図書館では郵送サービスを実施していた。

 WTがまとめた報告書では、「調査研究目的に限る」「著作物の一部分まで」という要件はそのまま、利用者のニーズに応じて、ファクスやメール、IDやパスワードで管理されたサーバーへのアップロードなど多様な形態での送信が望ましい-とした。

 一方で、作家など権利者の不利益となるため、メールなどでの送信について補償金の支払いを明記。「逸失利益を補填(ほてん)できるだけの水準が適当」とした。だが、データ流出防止対策や補償額など具体的な運用方法は今後の議論に委ねられた。

受信先で流用も?

 流通している書籍の一部が利用者に送信されることについて、出版関係者の懸念は強い。

 日本書籍出版協会の樋口清一専務理事は「書籍の購入に替えて利用する人が増えたら、出版市場に影響する可能性がある。紙と比べて電子データは複製も容易で受信先で複数の人に利用されやすい。特に学術書は対象の読者層が狭く、影響は大きいだろう」と話す。

 補償金の額も課題だ。図書館でコピーする場合は1枚数十円前後かかるという。国立国会図書館の場合、館内でコピーをするとA4サイズの白黒で1枚当たり25・3円。大量にコピーすると本の価格を超えるような設定のため、事実上海賊版防止につながっている側面もある一方、権利者に還元されていなかった。

 補償金は、著作権者の団体の申請に基づき、文化庁長官が決定する。図書館の設置者である自治体などが支払うが、利用者負担になる見通しだ。

 樋口専務理事は「具体論はこれからだが、たとえば500円の文庫本と1万円の本の補償金を同額にできない。利用者の利便性が高まるからといって権利者の利益が損なわれるようなことはあってはならない」。

 民間サービスとの競合も指摘されている。「著作の一部分」は「半分まで」と解釈されてきたが、電子書籍市場では、論文単位や章ごとでの販売もある。

 学術書を出版する「有斐閣」は、法律書を閲覧できるデータベースサービスに参加している。江草貞治社長は「新しい技術に出版側も対応する必要があるが、これまでは図書館に出向かないと利用できないというある種の不便さによって共存できていた。図書館はビジネスとしての出版事業と重なる部分について慎重に考える必要がある」と訴える。

出版ビジネス維持できる形で

 「図書館の重要な役割であるデジタルアーカイブに対応していくためにも、デジタル資料に基づく新たなサービスを行う可能性を開くためにも、非常に重要な取り組み」

 日本図書館協会は、報告書をこう評価した。「現行と同じく著作物の一部分にとどまる。提供まで要する時間も、図書館側が著作権法の確認やスキャニングを行うため、即時ではなく、郵送で複製物を送るよりも若干短くなる程度だろう」として、民業圧迫につながるようなサービスではないと強調する。

 これまでも、図書館によるベストセラーの大量購入が問題視されたこともあり、出版社側と意見が衝突することはあった。WTでも正規市場への影響を危惧する声があり、報告書では、改正法に「著作権者の利益を不当に害する場合は、この限りでない」とのただし書きを設けるとしている。

 文化庁によると、送信対象外とする書籍や送信分量などは、今後出版関係者らでつくるガイドラインで具体的に示される予定だ。

 専修大学の植村八潮教授(出版学)は「調査や研究だけではなく、病気や障害者など来館せずにサービスを受けたいという需要はある」と話す。だが、出版産業は本が売れた利益で新しい本を作るビジネスモデル。市場を損なう形になれば、活字文化の衰退につながりかねない。

 植村教授は「最近は自治体の図書館予算も削られる傾向にある。図書館側の負担は難しい。今回の法改正は、利用者の利便性が高まるのだから補償金は利用者負担にするべきだろう。全ページを複製したときの方がオリジナルの電子書籍を買うより高い料金にしないと市場に影響が出るのではないか。電子図書館の在り方も含め、電子書籍市場が盛り上がるような形で進んでほしい」と話している。