勇者の物語

ファイターズ誕生 新しいニックネーム一般公募 虎番疾風録番外編115

公募で選ばれたのは10位のファイターズ(左は中西監督、右は藤原投手)=後楽園球場
公募で選ばれたのは10位のファイターズ(左は中西監督、右は藤原投手)=後楽園球場

■勇者の物語(114)

日本ハムと日拓の「球団譲渡」の話し合いはとんとん拍子に進んだ。

11月7日から始まった本格交渉の席には岡野祐パ・リーグ会長と日拓側から西村昭孝オーナー、河村球団取締役。日本ハム側からは大社(おおこそ)義規社長、大成専務取締役、そしてヤクルトの監督を辞任したばかりの三原脩が出席した。

実は三原と大社とは香川県の旧制高松中の同窓生(三原が3年先輩)。大社によれば「気心も知り尽くした仲」という。大社がプロ野球界に進出しようと心を決めたとき、真っ先に意見を求めたのが三原だった。

「ちょうどヤクルトを辞められた後だった。〝あんたが本気でやるというのなら応援しよう〟と言っていただいた」

三原はすぐに動いた。岡野会長に日本ハムの意向を伝え、仲介役として動いてくれるよう依頼。これが功を奏した。多くの会社から買収の名乗りを受けたものの、信頼できる企業を見つけられずにいた西村オーナーにとって、岡野会長の仲介-は信頼に足りた。しかも、球団社長に三原が就任し、娘婿の中西太が監督を務めるという。西村オーナーは売却を決心した。

大社新オーナーは記者会見でこう宣言した。

「球団経営はあくまで消費者に対する利益還元である。当社の製品は家庭の台所に直結している。プロ野球を通じて健全なレジャースポーツを茶の間の話題に提供したい。子供たちに楽しみを与える材料になればいいと思っている」

日本ハムは新しいニックネームを一般公募した。応募総数約12万9000通の中で最も多かったのが「ジャガーズ」(約5000通)で以下②イーグルス③フェニックス④ウイナーズ⑤パンダース…。ファイターズは10位。

1位のジャガーズは過去、阪神の2軍が使用しており、イーグルスも使用済み。フェニックスは南九州の印象が強く、エンジェルスは「森永製菓との関係がある」として外され、最終的に10位の「ファイターズ」が選ばれた。

余談だが、約1000通の「ファイターズ」票の中から抽選で、岡山県笠岡市の女子高生に昭和49年の米大リーグオールスター戦の観戦旅行(ペア)が贈られたのである。(敬称略)

■勇者の物語(116)

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