勇者の物語

西本監督勇退 上田ヘッドを後継指名 虎番疾風録番外編111

西本監督(右)が後継者に選んだ上田コーチ(左)
西本監督(右)が後継者に選んだ上田コーチ(左)

■勇者の物語(110)

戦い終えて日が暮れて…。10月24日、南海との「優勝決定戦」の試合後、西本幸雄監督の記者会見が球場内の会議室で静かに行われた。記者たちの注目は監督の去就。冒頭からその質問が飛んだ。

--来季も監督を務める気持ちは

西本「ここまで(11年間)やらせてもらって会社には恩義を感じている。来季のことは自分の意志ではどうこうできない」

--それはどういう意味か

西本「来季もやりたい-といった場合、もし、会社が人事の刷新を考えていたとしたら、自分の発言が会社を苦しめることになるやろう」

--吹っ切れたように見えるが

西本「人間、ひとつところで長くやっていると、そのための〝粕(かす)〟みたいなもんも積み重なってくる。それを取り除くことも必要やと思っている」

粕とは何だろう…。担当記者たちはそれぞれに想像を膨らませた。

翌25日朝、西本は大阪市北区の関西テレビに森薫オーナーを訪ね、辞任を申し出た。そして26日、監督主催の慰労会の席で改めて心境を語った。

「日本晴れの心境や。心配したのは後継者と考えていた人が引き受けてくれるかどうかやった。その人にとっては〝青天の霹靂(へきれき)〟やったかもしれんがな」

西本が球団に推したのはヘッドコーチの上田利治。西本がかねがね監督の条件として、チームへの「愛情」と「情熱」といい続けてきた。その点で上田は申し分なかった。

「上田は阪急を愛し、野球とチームへの情熱もワシより強い。足らんのは監督としての経験だけや」

少しお酒も入っていたのだろう。西本は上機嫌で話した。

「きょう新聞で三原監督(ヤクルト)の退団記事を見た。悲しかった。ワシの臆測やが、あれは〝喧嘩別れ〟の退団や。精魂傾けてやってきて、最後になってあんな別れ方になれば、腹立ちより寂しさしか残らん。ワシは11年間、よくやれたと思う。選手がそれをやらせてくれたんや。周囲の人に感謝の気持ちでいっぱいや。それが〝日本晴れ〟の意味や」

勇退を決めた西本の心に一点の曇りもなかった。(敬称略)

■勇者の物語(112)


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