話の肖像画

東京五輪女子バレー金メダリスト・井戸川絹子(81)(9)五輪目指し増す一体感

五輪に出るからには絶対に勝たなあかん。負けると分かっていて出るのはダメ。だから練習はもっと厳しくなりました。終わりが午後11時から午前1時になり、さらに先生が納得するまで続く。朝5時までやることもありました。特にサーブレシーブの練習が長かったですね。大松先生がサーブを打って、レシーブして、トスを上げたらそれで1本。1人10本、それが6人で60本連続で成功するまで終われませんでした。最後の6人目が9本までいってラスト1本が取れなければ最初からやり直しです。「木の葉落としサーブ」と呼ばれた大松先生のサーブは癖があって取りにくいんです。早朝に練習が終わって寮に戻ると、朝出勤してくる人と会うこともありました。

《大松監督の強烈なリーダーシップの下、チームはさらに一体感を増していく》

大松先生からは「練習についていけないやつは去れ。残れば金メダルを保証する」と言われた記憶があります。「俺についてこい」とも言っていたかな。よく耳にする「鬼の大松」ですね。それを聞いて「よし、やってやろうやないか」と思いましたね。先生にはリーダーシップがありましたが、私たち選手が「よし、やろう」と思わなければバレーはできません。一人でも「私、しんどいから休みます」と言ってしまうと、それで終わりです。全員が猛練習をやらないと金メダルは取れないと思っていました。(聞き手 岡野祐己)

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