日本の未来を考える

「後発国」卒業しない中国 学習院大教授・伊藤元重

トランプ米大統領と習近平・中国国家主席のマスクをかぶり、米中関係を皮肉る抗議デモ参加者たち=10月27日、ワシントンのトランプインターナショナルホテル(ロイター)
トランプ米大統領と習近平・中国国家主席のマスクをかぶり、米中関係を皮肉る抗議デモ参加者たち=10月27日、ワシントンのトランプインターナショナルホテル(ロイター)

米国通商代表部(USTR)の元高官が次のような発言をしていた。2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟したとき、中国が経済発展に伴って西側諸国のやり方に近づいてくるものと期待していた。しかし途中から中国はUターンして、西側諸国のやり方とどんどん離れていってしまっている、と。この発言の中にはいろいろな意味が込められているだろうが、米中の貿易摩擦の構図の中にそれが凝縮されている。

中国はWTOの中で後発国のステータスを享受してきた。中国企業は米国や日本などの先進国に非常に低い関税で輸出できるが、先進国の企業が中国に輸出しようとすると時に非常に厳しい貿易制限の壁に阻まれる。中国への直接投資では地元企業との合弁を迫られ、100%子会社を中国に設立できない業種が多くある。その上、中国は多くの先端分野において自国企業の競争優位を確保するため、巨額の政府支援を行っている。

こうした後発国ステータスは中国だけが享受しているわけではないが、世界第2位の経済規模になった現在、中国にこれ以上後発国ステータスは認められないというのが、米国の政策当局者の考えだろう。

先端分野での競争の特異性が、米中貿易摩擦をさらに複雑にしている。ハイテク分野では「動学的な規模の経済性」が働く。競争相手に先駆けて生産規模を拡大した生産者が圧倒的に有利になるというものだ。半導体や自動車用のバッテリーがその典型である。開発や生産拡大のスピードがその企業の将来の競争力の鍵を握っている。こうした分野では、国家が支援するような産業政策が有効である。習近平政権が打ち出した中国製造2025とは、そうした産業政策を戦略的に実行していこうという内容である。

この「動学的な規模の経済性」の働く産業については、日本もかつて米国と激しい貿易摩擦を経験した。ただ、国家体制が異なる中国の場合の米国との軋轢(あつれき)の深刻さは、あのときの日米半導体摩擦の比ではない。経済だけでなく安全保障にも関わる問題となっている。冒頭のUSTR元高官のUターン発言の中には、国家主導で推進しようとしている中国の産業政策が含まれていることは明らかだ。

WTOの制度が機能してきたのは、途上国や新興国が後発国のステータスを認められ、先進国と同じ土俵で競争することを求められなかったからだ。そうした中で、先進国も途上国なども含めた多国間の貿易システムが成立している。巨大化した中国が後発国のステータスを認められたまま、米中がWTOの仕組みの中で共存することは難しいように思える。Uターンした中国を容認したまま、米国がWTOのルールを尊重するとは思われない。このままの状態が続けば、米国と中国という2つの大国を抱えたまま、WTOの機能は弱体化したままの状態が続くことになる。中国のUターンが止まり、後発国ステータスから卒業することを期待したいが、それはなかなか難しそうだ。(いとう もとしげ)