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いたるところにドラマはある 「レイモンド・カーヴァー傑作選」村上春樹編訳

『Carver’s Dozen レイモンド・カーヴァー傑作選』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹編訳(中公文庫・648円+税)
『Carver’s Dozen レイモンド・カーヴァー傑作選』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹編訳(中公文庫・648円+税)

 世界的な人気作家の村上春樹さんは翻訳家としても多作だ。米の短編作家、レイモンド・カーヴァー(1938~88年)の全集刊行は代表的な仕事の一つ。カーヴァーの名編に触発されて作られたカナダの長編アニメ映画「新しい街 ヴィル・ヌーヴ」が今年日本でも公開され、改めて光が当たっている。

 村上さんがカーヴァー作品から珠玉の10短編と詩やエッセーを選んで編んだのが本書。平成9年刊の文庫は17刷12万3千部で、単行本を合わせた累計は16万1千部に達している。

 カーヴァーは製材所や病院の守衛などの職を転々としながら短編や詩の創作を始めた。19歳での結婚と窮乏、夫婦関係の破綻、アルコール依存症…。実体験とも重なる普通の人々の日常を描き続け、肺がんのために50歳で死去した。装飾を排した簡潔な文章で底辺の生活を活写するスタイルは、米国での短編小説やリアリズムの復興にも一役買ったとされる。

 収録作からはその歩みが一望できる。庭先で家具一式を売り出す中年男の絶望をつづった初期の「ダンスしないか?」には少ない言葉で深い印象を残す「ミニマリスト」の顔がのぞく。不吉な予感が漂う作品も多い。一方で、中期以降の短編には理不尽な世に一片の救いを見いだそうとする温かな視線がある。

 代表作といわれる「大聖堂」もそう。わが家を訪ねてきた妻の知人の目の不自由な男性をどこか疎ましく思う夫。だが夫は男性と一緒に酒を飲み、テレビを見ているうちに少しずつ心を通わせ、やがて2人で手を重ねて大聖堂の絵を描き始める…。うわべの同情とは違う、真の連帯をつづったラストシーンの余韻はさざ波のように心に広がっていく。

 カーヴァーは「私の親戚たち」(『英雄を謳うまい』所収、村上春樹訳)という文章にこう書く。

 〈大事なものごととは何か? それは愛であり、死であり、夢であり、野心であり、成長することであり、あなた自身やまわりの人々の限界と折り合いをつけていくことである。いたるところにドラマがある〉。ままならない世界を生き抜こうともがく人々の切実な感情は、どれも時や場所を超えた普遍性を奏でる。

(文化部 海老沢類)