書評

『「グレート・ギャツビー」を追え』 「ジャズ・エイジ」の共同体

 のっけから、ポートランド州立大学で教鞭(きょうべん)を執る若手アメリカ文学者ネヴィル・マンチンになりすました男が登場する。彼は1920年代ジャズ・エイジを代表し、44歳で亡くなった文豪F・スコット・フィッツジェラルドを専門にしており、その直筆原稿と書類を閲覧したいという希望をプリンストン大学図書館宛てにメールした。司書補は本人確認のためにポートランド州立大学宛てに返事を送るが、それは手だれのハッカーによってきちんと傍受され、かくしてマンチンの偽者は無事図書館に歓迎される。

 このツカミだけで読者はワクワクすることだろう。この詐欺師は本名マーク・ドリスコルといい、フィッツジェラルドの生原稿強奪をもくろむ強盗団を組織。『グレート・ギャツビー』に代表される5大長編全ての生原稿を、図書館金庫からまんまと盗み出す。ところが、肝心のマークは、第1章半ばで、あっけなく逮捕されてしまうのだ。

 しかし、彼の逮捕は、必ずしも生原稿の奪還には結びつかない。それは本書のほんの序の口に過ぎない。いくつかのルートを経たブツは、すでにアメリカ北東部から遠く離れた南東部・フロリダのカミーノ・アイランドにある書店「ベイ・ブックス」に運ばれていた。

 本書の英語原題はまさにこの島名なのだが、たしかに著者の語りは、この地に集い創作に専念しようとするさまざまな作家たちのコミュニティーを生き生きと描き出す。その最大のキー・パースンがこの書店を経営し全米書店協会理事も務める自由恋愛主義者ブルース・ケーブルだ。彼は作家たちのサイン会や歓迎会を主催して書店を大成功させるとともに、密(ひそ)かなパイプによって書店のどこかに盗まれたフィッツジェラルド生原稿を隠匿しているらしい。そこで、とある組織が若手女性作家マーサー・マンに潜伏調査を依頼し、物語は大西洋を挟む思わぬ方向へ動き出す。

 グリシャムの卓越したストーリーテリングは、時にこの島の作家共同体と100年前のフィッツジェラルドやヘミングウェーたちの作家共同体を二重写しにしてみせる。その意味で、本書は絶好のジャズ・エイジ入門書にもなっている。(ジョン・グリシャム著、村上春樹訳/中央公論新社・1800円+税)

 評・巽孝之(慶応大教授)