100年の森 明治神宮物語

大祭 新しい歴史の扉が開いた日

【100年の森 明治神宮物語】大祭 新しい歴史の扉が開いた日
【100年の森 明治神宮物語】大祭 新しい歴史の扉が開いた日
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 午前8時半。明治神宮の参道は、早くも参拝者でにぎわっていた。

 七五三の装いに着飾った女児が、父親に手を引かれている。つえをついた高齢の女性が、娘らしき女性と一緒に歩いている。立ち止まってスマートフォンを上に向け、森の木々と、その向こうの青空を撮ろうとしている人もいる。

 参道の中央では、「掃き屋さん」と親しみを込めて呼ばれる人々が、参拝者を巧みに避けながら、大きなほうきで落ち葉を集めている。落ち葉の中に、どんぐりが見える。自分の足元にもどんぐりが落ちている。今は実りの季節だ。大鳥居を越えて正参道の左には清正井(きよまさのいど)などがある御苑の入り口があり、午前9時の開園を待つ人々が列を作っている。

 11月1日。「鎮座百年祭」が執り行われる日だ。さらに進むと、第三鳥居の向こうに南神門がある。賽銭(さいせん)を投げて手を合わせる人々にとっては背後に位置する南神門は、昭和20年の空襲で焼失を免れた建築物で、100年前の姿を残している。本殿などは同33年に再建されたものだ。100年の歴史が凝縮された空間で、午前10時、百年祭が始まった。

 ◆披露された「常久の舞」

 中島精太郎宮司が、御霊代(みたましろ)が鎮まる内陣の御扉を開いた。天皇陛下からの御幣帛(ごへいはく)が供えられ、祝詞が奏上(そうじょう)された。祝詞には新型コロナウイルス感染症の鎮静祈願も添えられた。

 明治神宮によると、コロナの影響で、九十年祭では1千人だった招待者は縮小され、今回は約400人の参列にとどまった。時間を短縮するために、中島宮司の挨拶は紙で配られ、昼食を兼ねた直会(なおらい)などは取りやめになった。また、さまざまな奉祝行事が拝観者なしで行われた。

 10時35分から「東游(あずまあそび)」の舞いが40分にわたって奉納され、その後、新作神楽「常久(とこしへ)の舞」が披露された。外(げ)拝殿と内拝殿の間の中庭(ちゅうてい)に木の台が敷かれ、4人の巫女(みこ)が手に花を持ち、明治天皇の御製「うつせみの代々木の里はしづかにて都のほかのここちこそすれ」に合わせて舞った。この御製は明治39年、後に明治神宮となる代々木御苑を詠んだものだ。

 中島宮司は参列者に配られた挨拶文で、神楽についてこう記した。

 「当時、松林が散在する荒涼とした原野であったこの地は、明治天皇、昭憲皇太后を敬仰(けいぎょう)する国民のまごころにより、今日、緑したたる祈りの杜(もり)へと変貌を遂げました。(中略)先人たちが守り伝えた祈りの杜が末永く続くことを祈念して作成したものでございます」

 参列者の代表が玉串をささげ、百年祭は正午過ぎに終了した。

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