話の肖像画

パティシエ 鎧塚俊彦(55)(10)左目を失い見えてきたもの

最初はすぐ治ると思って、弟子には言っていませんでした。でもそれまでできていた仕事ができなくなってきたとき、正直に見えなくなったことを伝えました。そしたら、弟子たちが僕に力を貸してくれた。僕も見えないことにだんだん慣れてきて、今では細かい作業もできるようになりました。考え方によっては、「仕方ないやん」って開き直りもあるわけです。その状況を受け入れたら、あとは努力していくだけ。

仕事でご一緒したある著名な方が、「片目が見えなくなったことで、見えてくることもあるからな」と声をかけてくれたことがありました。僕はそうありたいと思う。「今、見えていたら」「もし治っていたら」と考えるのは、僕は好きじゃない。

《闘病を支えた存在もいた。21年に結婚した、女優の川島なお美さんだ。「私生活では私が彼の左目になる」との川島さんの発言は強い印象を残した》

いつも陰ながら支えようとしてくれていました。治療中、1人で病院に行ったのに、女房がいつの間にか診察室の後ろに立ってたんです。ええっ、なんでいるんだって驚きました。気になって来たんでしょうね。(聞き手 津川綾子)

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