勇者の物語

福本封じ 塁に出さない、走らせない 虎番疾風録番外編101

第4戦の三回、菅原の一塁牽制球に刺された福本(一塁手は王)=西宮球場
第4戦の三回、菅原の一塁牽制球に刺された福本(一塁手は王)=西宮球場

■勇者の物語(100)

昭和47年の日本シリーズ、巨人は徹底して福本豊の〝脚〟を封じ込んだ。5試合で20打数4安打3打点。盗塁は1個しか許していない。

第4戦、阪急はシリーズ初登板の菅原勝矢に3安打1点に抑え込まれた。福本も4打数ノーヒット。三回に1死から四球で出塁したが、菅原の執拗(しつよう)な一塁牽制(けんせい)球にタッチアウト。シリーズの象徴的なシーンとなった。

◇第4戦 10月26日 西宮球場

巨人 001 020 000=3

阪急 000 001 000=1

【勝】菅原1勝 【敗】山田2敗

〝福本封じ〟の第1は「塁に出さない」こと。まず、福本の好みのコースや球種など打撃の傾向を調べ上げ、投手に攻め方を徹底させた。

守備の形も変えた。三塁の長嶋を思い切って前に出し、左翼の高田をライン際に守らせた。シーズン中、福本が外角球をうまく左翼線へ打っていたからだ。実はこの布陣、打たせないためのものではなく「打たせて取る」ための作戦。長嶋の前進守備は、長嶋の頭上を狙いたくなるようにする〝しかけ〟だった。

走者が一塁にいて福本が内野ゴロを打った場合も「併殺を狙わず、確実に一塁で福本を殺せ」と指示が出ていた。

第2は「走らせない」。一塁牽制球の研究から始まった。シーズン中、自軍の柴田や高田がどんな牽制球に苦しめられたかを調べあげ、セットに入る前やいろんなところから牽制球を投げまくる広島の「佐伯方式」が採用された。

第4戦の菅原も「佐伯方式」で1ボールのあと6度一塁へ投げ、1度のジェスチャー。8度目の牽制で刺した。そして巨人はもう一つ、後楽園球場限定の〝マル秘作戦〟を用意していた。

投手が一塁側フェンスのあるポイントへ向け、牽制悪送球を投げる。「あっ」と王がわざと声をあげる。二塁手の土井が跳ね返ったボールを二塁へ送球。走った福本を二塁で刺す-という作戦だ。

このトリックプレーをシリーズ前、担当記者たちが球場から帰ったのを見計らい、柴田、高田を走らせてひそかに練習。確実に二塁ベースの1メートル手前でアウトにできるまでに仕上げていたという。

巨人はここまで準備して、シリーズに臨んでいたのである。(敬称略)

■勇者の物語(102)

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