文芸時評

11月号 幼かった僕の日常 早稲田大学教授・石原千秋

今月は新人賞の月。

文芸賞受賞作は、藤原無雨「水と礫」。どうやらクザーノというアラブ人のニックネームを持つ人物が主人公で、多くは砂漠が舞台となって繰り広げられる男たちの物語だが、物語には中心がない。それもそのはずで、「1」「2」「3」と章を読み進めていくうちに再び「1」章から何度も繰り返され、一つの物語が別の人物を中心に物語られる。作者はライトノベルも書いているそうなので、こうしたループ型の構成はお手の物だったろう。どうしても男たちの名前を頼りに読まざるを得ないので、名前の網の目に閉じ込められたような感覚が残り、砂漠の広さを体験するゆとりはない。そこが残念だが、一方で砂漠のように乾いた文体と相まって、行きつ戻りつする構成が時空の広さを感じる読書体験を生み出しており、構成の妙は十分に成功している。選考委員の間で、書き手の「私」が顔を出すことに賛否があったようだ。顔を出す意味が理解できず僕は邪魔だと思うが、妙な魅力のあるすぐれた作品だ。

すばる文学賞受賞作は、木崎みつ子「コンジュジ」。タイトルはポルトガル語で「配偶者」の意味だそうだ。「せれながリアンに恋をしたのは、もう二十年近く前のことだ」とはじまるお洒落(しゃれ)な恋物語かと思って読むとちがった。せれなが実父から犯され続ける話と、リアンの少し乱れたバンドの物語が妄想の中で交錯する、幻想的でもあるような作品だ。最後にリアンの死が書かれるが、せれなのその死の受け入れ方がいい。この一点で佳作になった。

新潮新人賞受賞作は、小池水音「わからないままで」と濱道拓「追いつかれた者たち」の2作品。前者は固有名詞を一切使わない離婚の話。後者はある事件を回想的に語る話。どちらもショボイ。鴻巣友季子が「追いつかれた者たち」を強く推すのは、いくつかの名作を代入して読むからにすぎないと思う。

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