10月19日午前、兵庫県宝塚市の監督宅に大勢の報道陣が詰めかけた。西本幸雄監督は静かに「辞意」を固めたその経緯を語り始めた。
「あらゆる角度から検討した。球団や親会社の阪急電鉄、阪急グループ60社、そしてパ・リーグのファンに対して何らかの責任をとるべきだという結論に達したんや」
--1勝4敗という結果が直接の要因なのか
「絶対有利とみられていた今回のシリーズに1勝4敗と惨敗したのは、監督としての自分に力がなかったからや。それに自分が去ったあとのチームや選手のことも考えた。その結果、自分が去っても、もう大丈夫やと思った」
西本監督の「辞意」は固かった。あとは森薫オーナーとの話し合いにかかっていた。
午後、大阪市北区の東洋ホテルで森-西本会談が行われた。西本監督はあらためて辞任を申し出た。だが、森オーナーはガンとして受け入れなかった。
「君は阪急に必要な人だ。来季も監督をやってもらわないと困る」
森オーナーの説得に西本は「1日考えさせてほしい」と申し出た。そして、翌20日の午後3時、大阪・梅田の球団事務所を訪れた西本は「来季もユニホームを着させてもらいます」と頭を下げ、森オーナーと握手を交わした。
いったい、何が西本監督の心を動かしたのか。それは会談の最後に言った森オーナーの一言だった。
『君は巨人に敗れたままでいいのか。このまま引き下がるのは男じゃないぞ』
「ひと晩、オーナーの言葉をかみしめた。おっしゃるとおり、逃げるのは卑怯(ひきょう)や-と思った」
西田二郎先輩によると「西本さんほど負けず嫌いな人はいない」という。たとえ話としては適切ではないかもしれないが、西本は大の麻雀好き。担当記者ともよく卓を囲んだ。かなりの実力だが「ワシは点棒を取られるのが嫌なんや」と、どんな弱い相手でも全力で向かった。ある日、勝ったのに機嫌の悪い西本に理由を尋ねると-「きょうは勝ったが、きのうは負けた。トータルではまだ負けとる」と口をとがらせたという。
巨人に負けたままでいいのか-。森オーナーの一言は、消えかけていた「打倒巨人」の思いに火をつけたのである。(敬称略)