勇者の物語

足立の迷い 見落としていた次打者の心理 虎番疾風録番外編89

三回、末次38に満塁ホーマーを浴び、マウンドにひざまづく足立=後楽園球場
三回、末次38に満塁ホーマーを浴び、マウンドにひざまづく足立=後楽園球場

■勇者の物語(88)

逆転サヨナラ負けのショックが抜けきれない。第4戦を前に評論家の吉田義男はこう語った。

「あんな負け方をしたら当然、尾を引きますわ。それも覚悟の上です。こんなときは、投手が踏ん張らんとあきません。巨人の攻撃を足立が独特の粘りの投球で〝じらす〟ことです」

だが、その足立も巨人の術中に…。

◇第4戦 10月16日 後楽園球場

阪急 000 003 001=4

巨人 004 000 30×=7

【勝】堀内2勝【敗】足立2敗

【本】末次①(足立)=満塁弾

三回、2死走者なしで足立は黒江に痛恨の死球を与えた。続く長嶋が初球を左前安打。一、三塁で王を迎えた。まるで前日の〝悪夢〟の再現…。

このとき阪急ベンチは、当たっている末次より「王と勝負」と指示を出した。だが、足立は王が苦手だった。

過去3度の日本シリーズで20打数6安打の打率・300。驚くほど打たれたわけではなかったが、10打点を挙げられ、昭和44年の第6戦では、六回1死満塁で左翼へダメ押しの満塁ホームランを打たれていた。

「次の末次の方が投げやすい。でも、満塁にするより王と勝負した方がいいか…」。マウンドで足立は迷った。そのとき、ふと前日のサヨナラホームランが頭をよぎった。「やっぱり歩かせよう」。足立はより慎重になった。

2死満塁で打席に入った末次は怒りで燃えていた。一回、2死二塁での王の敬遠は理解できた。だが、この三回2死一、三塁からの敬遠は得点圏に走者を進め、大量失点につながる。

「ムッときましたよ。2打席続けて前の打者が歩かされりゃ、いくら鈍いボクだってアタマにきますよ。これでも巨人の〝5番〟を打っているんです。なめられてたまるか-ですよ」

足立は見落としていた。目の前で2度も敬遠された次打者の心理を…。

初球、足立の投じた47球目。外角いっぱいを狙ったカーブが真ん中へ。末次は失投を逃さなかった。打球は満員の左翼スタンドへ飛び込んだ。

ONの前に走者を出してはいけない-と神経を使えばONに打たれ、ONとの勝負を避ければ、前後の打者に打たれる。これが〝巨人地獄〟だった。(敬称略)

■勇者の物語(90)

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